石井光太 − 旅の物語、物語の旅 −

本日、新刊『「鬼畜」の家〜わが子を殺す親たち』が新潮社より発売になりました。

この本は、「厚木市幼児餓死白骨化事件」(ネグレクト)、「下田市嬰児連続殺害事件」(嬰児殺し)、「足立区ウサギ用ケージ監禁虐待死事件」(身体的虐待)の三つの事件からなる、事件ルポです。

この本の取材をはじめたきっかけの一つは、日本小児科学会が年間に殺害されている児童は、現在事件化されているものの3倍から5倍になると発表したことです。
毎年警視庁が発表する児童の殺害事件は60件から100件ほど。これが3倍から5倍になるということは、年間350件ぐらいは赤ん坊を含む児童が殺されているのです。

事件が表ざたにならない背景には、いくつかの理由があります。
・母親が病院にかからずに赤ん坊を産んで殺害しても死体が見つからないかぎり事件化されない。
・赤ん坊を虐待死させても、その多くが証拠をつかめない。医師がそれと疑っても、なかなか子供を失った遺族に「あなたは虐待しましたよね」とはいえない。
などです。
それが事件の大半を闇に葬らせてしまっているのです。
実際、本書で取り上げる三つの事件はすべて一年以上発覚しませんでしたし、足立区の事件にいたっては裁判が終わった今も児童の遺体は見つかっていません。

近年、マスメディアによって頻繁に報じられる虐待関連の事件。
私たちは何気なくその事件を見聞きし、親を「殺人鬼」、あるいは「鬼畜」のように考え、自分とは関係のない人間だと思い込みます。
だからこそ、これだけの子供が殺され、その多くが闇に葬られているのにかかわらず、他人ごとのように受け止められる。
マスコミがニュースを流しても、数日すればニュースどころか話題からも消えてしまうのは、私たちがこういう事件を聞き流すことに慣れてしまったことを意味するのではないでしょうか。

しかし、一日一人の児童が殺され、その多くが闇に葬られているとしたら、今のままでいいのだろうか。

そうした思いが取材へと私を駆り立てたのです。
正直、取材には胸をえぐられるような苦しいことが多々ありました。
ただ、わが子を殺害した親たちと拘置所の面会室で会い、周辺の取材を進めていく中で、私は衝撃的な一つの共通点を発見します。
それは、犯人である親たちが口をそろえてこう言ったのです。

「私は子供を愛していました。これ以上ない宝だと思っていました。しかし、殺してしまったのです」

調べてみると、親がわが子を愛していた形跡は数えきれないほど見つかりました。
厚木市の事件の容疑者・齋藤幸裕は、妻に逃げられた後、トラック運転手として働きながら一人で二年間も長男と寝起きを共にして世話していました。
下田市の高野愛は、息子をかわいがる子煩悩として知られ、息子もまたママっ子として有名でした。
足立区の皆川忍・朋美夫婦が残した家族写真には、一緒にお風呂に入ったり、誕生日パーティーをしている幸せそうな光景が記録されていました。

しかし、彼らはわが子を、信じられないような残忍な形で殺してしまったのです。
だとしたら、本当に彼らはマスコミが報じるような「鬼畜」なのでしょうか。
彼らはどんな家庭で育ったのか。

なぜ、彼らは子供を殺さなければならなかったのか。
彼らにとって子供への「愛」とは何だったのか。

そうしたことを明らかにするために、私は事件だけにとどまらず、犯人たちの家系を三代までさかのぼり、その成育歴を明らかにすることを決めました。
そうして書いたものが、本書なのです。

これは表向きは「事件ルポ」ですが、私としては「ヒューマン・ドラマ」として書いたつもりです。
犯人の家庭や、人格や、事件へ向かうプロセスを知れば、決して赤の他人とは思えないはずです。
そして、その思いが、悲惨な事件を減らすヒントになるのではないか。

そんな願いで二年間をかけて取材し、本書を世に出しました。
ぜひ書店等でお見かけした際は、手に取っていただければ幸いです。


追記
9月2日に三省堂書店池袋本店で、本書に関するトークイベントを開催いたします。
http://ikebukuro.books-sanseido.co.jp/events/1382





『「鬼畜」の家」〜わが子を殺す親たち』の発売が残すところあと二日になりました。
(都内の大型書店とかは、明日ぐらいからならびはじめるかもしれません)

今回の本は、主に虐待によって親が子供を殺した三つの事件を取り上げています。
これら親が自分の子供を殺害するというショッキングな事件は、いずれもマスメディアによって大々的に報じられました。

今回はそれらの事件は何だったのかということを知っていただくため、事件のニュースをご紹介いたします。
マスメディアが報じたニュースは次の通りです。


厚木市幼児餓死白骨化事件(ネグレクト)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201510/CK2015102302000136.html

下田市嬰児連続殺害事件(嬰児殺し)
http://www.sankei.com/region/news/150526/rgn1505260051-n1.html

足立区ウサギ用ケージ監禁虐待死事件(身体的虐待)
http://www.sankei.com/affairs/news/150530/afr1505300004-n1.html

ただし、事件によって起きたことは表面的な事象にすぎません。
事件のあった家庭を三代までさかのぼると、報道ではわからなかった事実が明らかになってきます。

彼らは本当に「鬼畜」なのか。
なにが、彼らを殺人者にさせたのか。

殺人事件におけるもっとも重要な問いに、この三つの事件を通して向き合いたいと思っています。

なお、この本に発売に当たって三省堂書店池袋本店でトークイベントが開催されます。

場所 三省堂書店池袋本店
日時 9月2日 19時〜
条件 書籍の購入
詳細 http://ikebukuro.books-sanseido.co.jp/events/1382

なんと、小説家の相場英雄さんが聞き手役になってくださいます。
実は、相場さんとは5年くらい前に知り合いました。ある編集者に紹介され、四谷で飲んだのです。
たしか東日本大震災があったばかりの頃で、相場さんも精力的に取材されていて、そういう話になったのを覚えています。
相場さんは拙著『遺体』をあちこちで薦めてくださり、その後、相場さんが『共震』という震災をテーマにした小説を出した時は、私が解説を書かせていただきました。
相場さんは元時事通信の記者で、あらゆる取材にものすごく詳しい方です。
二人で、拙著を題材に、事件とは何か、取材とは何かということを語りたいと思っています。
どうぞよろしくお願いいたします。





フォトジャーナリストの安田菜津紀さんと、JIM−NETさんと行う新プロジェクトが、来週8月1日(月曜日)からスタートします。

安田さんと会ったのは、7年ぐらい前かな。
たしか、あるNGOの人から、安田さんが連絡先を知りたがっているので教えていいか、と言われてOKしたんだと思う。
それで、連絡が来て新宿の酒屋で会ったのが最初。

僕は何人か編集者をつれて、安田さんは今の旦那さんと一緒に来たと思う。
で、ピーチクパーチク話をした。話の内容は覚えてないけど、僕が酔っ払ってある企画を提案した。そしたら、翌日、安田さんから連絡があって、いろいろと考えたけどやはりこれは自分にはできない、と言われた記憶がある。
まぁ、僕と安田さんは、物の見方や世界観がまったくちがうので、さもありなん、と思っただけだけど、それ以上に、二十代の前半なのに自分のスタンスをしっかり持っててブレない子だなー、と感じた記憶がある。この子は、絶対にうまくいくな、と直感した。

その後、東日本大震災が起きた後に、「写真やるなら、一日でも早く東北へ行けー」と連絡したり、結婚したと聞いて盛岡でメシを食ったりはしたが、たまーに会うぐらいで仕事の話には結びつかなかった。

それがひょんなことから、今回のプロジェクトの事務局の古田さんという、元JICAの広報誌の編集長と仲良くなったのをきっかけに、また安田さんと時々会うようになった。そして去年、日本に海外の貧困の現場を再現しようという話になり、今年初めにそれをVRでやろうということで一致した。
それからいろんな方が協力してくれることとなって、今回のプロジェクトがはじまったのである。

ここらへんの詳しいエピソードは、8月3日の安田さんが担当しているラジオ番組に僕が出演して話すし、8月20日(恵比寿)、8月28日(鎌倉)のイベントの時にでも話す予定。

イベントの詳細
http://kotaism.livedoor.biz/archives/52021662.html

ともあれ、初めはクラウドファンディングでやろうとは思わず、某企業のお金でやろうと思っていた。
けど、著作権を取られてビジネス化されるより、いろんな形で自由に人が映像をつかえて広められるようにした方がいいのではないかという話にもなって、今回の運びとなった。

スタートは、8月1日。

まったくもってどうなるかわからないけど、僕も安田さんも、日本の人たちに「世界の現状を体感してもらいたい」という思いは一緒。
そのために、イラクという舞台で、JIM−NETさんと一緒に、それをつたえる活動をしたいと考えています。
クラウドファンディングの期間は約二カ月。不明点がありましたら、恵比寿や鎌倉のイベントで直接説明いたします。
可能ならば、ご協力ください。

・クラウドファンディングページ
https://readyfor.jp/projects/sekaimedialabo

このたび、新しいプロジェクトを立ち上げます。
「セカイ・メディアラボ」と称して、主に映像をつかった活動をします。

セカイ・メディアラボは、私やフォトジャーナリストの安田菜津紀をはじめとして、テレビや出版の関係者で構成されています。

目的は、世界や日本のリアルを映像や活字を駆使して教育の中でつたえ、その中から「しあわせ」とは何かを考えてもらうことです。
もともと、私は取材で世界を飛び回るなかで、活字とは別の形で、「リアル」を日本につたえたいと思っていました。そうすることで、貧困とは何か、戦争とは何か、しあわせとは何かを考えてもらいたいと考えていたのです。
今回、様々な分野の賛同者を得て、そのプロジェクトをスタートさせました。

その第一弾は、VR(バーチャルリアリティ=仮想現実)をつかったプロジェクトです。
イラクで活動する日本のNGOであるJIM-NETと協力し、イラクの難民や病院の生活をVRで撮影し、それを教育の現場に取り入れて、「しあわせ」を考えていこうというものです。

8月1日より、クラウドファンディング「READYFOR?」でみなさんに資金の応援をお願いする予定で、おおよその概要は以下になります。

■タイトル
開発途上国の暮らしがリアルに伝わるVR映像をつくりたい!
 ページ入口
 https://readyfor.jp/projects/sekaimedialabo

■主催
セカイ・メディアラボ×JIM-NET

■主要メンバー
石井光太(作家)
安田菜津紀(フォトジャーナリスト)
古田亜以子(フォーリン・プレスセンター)
佐藤洋輔(NHKエンタープライズ)
四本倫子(朝日新聞出版)

■時期
クラウドファンディング 8月1日から2カ月間
VR映像の完成は来春。
その後、セカイ・メディアラボの活動として教育分野へと拡大させていきます。

今回のプロジェクトに先立ちまして、私や安田さん、それにJIM-NETのみなさんなどとともに説明会を開催いたします。
それが下記になります。

■説明会
第一回 8月20日(土)交流会メイン(恵比寿)
  https://www.facebook.com/events/859328334211188/

第二回 8月28日(日)現地情報メイン(鎌倉)
 https://www.facebook.com/events/1132913710065506/

第一回目は、個人的に交友を結ぶ場を設けるのが目的です。
もしプロジェクトに参加したい、個人的に細かく話を聞きたいという方がいらっしゃいましたら、ぜひこちらにご参加ください。

二回目は、イラクのJIM-NET担当者とネットでつないで質疑応答をしたりと、現地報告や、現地でのプロジェクトの可能性をさぐるイベントになります。

セカイ・メディアラボとしては、今後イラクだけにかぎらず、広く世界のリアルを日本につたえることを目的として活動していきます。
どうぞよろしくお願いいたします。


★情報については、随時こちらでお伝えいたします。
https://www.facebook.com/sekai.medialabo/

二年ぶりのノンフィクション『「鬼畜の家」〜わが子を殺す親たち』(新潮社)の予約が開始されました。
三つの事件のオムニバス事件ルポで、取り上げているのは自分の子供を殺害した親たちです。なぜ親はわが子を殺さなければならなかったのか。
ネグレクト、嬰児殺し、身体虐待の三つの異なる事件を二年間かけて徹底的に取材しました。

「厚木市幼児餓死白骨化事件」(ネグレクト)
未熟な夫婦が3歳の子をアパートに二年間以上にわたって放置。子は「パパ、パパ」と呼びながら絶命。遺体は7年間放置された。

「下田市嬰児連続殺害事件」(嬰児殺し)
奔放な男性遍歴の果てに妊娠を繰り返した一人の女性。彼女は自宅で出産した嬰児を二度にわたってひそかに殺害し、遺体を天井裏や押入れに隠した。

「足立区ウサギ用ケージ監禁虐待死事件」(身体虐待)
夫婦が3歳児をウサギ用ケージに正座させて閉じ込めた末に死亡させた事件。遺体はまだ見つかっていない。2歳の次女には犬の首輪をつけていた。

この本のテーマは、ひたすら残酷性を追うものではありません。
事件の加害者である親は、みな一様に「子供を愛していた」「大切に育てていた」と語っているのです。それが、なぜ殺害に至ったのか。
愛とは何か。
育児とは何か。
そうしたことをテーマに考えていく、ヒューマン・ノンフィクションです。





今日から、児童書シリーズ「きみが世界を変えるなら」が三巻同時発売です。
対象年齢は、小学校高学年〜高校生。三巻ありますが、一冊ごとにテーマがちがっていて、バラバラに読むことが可能です。

これは、三、四年前から本格的に手掛けてきた児童書の集大成です。
ここ十年ほど、小学校、中学校、高校といった、若い子どもたちのいる前で、講演会や特別授業をする機会に恵まれてきました。
そこで痛感したのが、多くの子どもが社会の価値観の中で、窮屈な思いをしながら、こうしたい、ああしたいということを声を大にして言えず、黙って生きている姿でした。
そんな子どもたちに、自分の価値観で生きていいんだよ、自分の思いを言葉に出していいんだよ、世の中は変えていいものだし、君には変えていけるだけの力があるんだよ、ということを伝えたかった。
そういう思いを、『ぼくたちはなぜ、学校へ行くのか。』の編集者にぶつけたところ、本にして三冊いっぺんに出そうということになったのです。

とはいえ、ぼくはこの本を書くにあたって、ひとりよがりの本にしたくはありませんでした。
世の中には、大勢の人生の先輩がいます。中学生の時に、自分の物語を見つけ、形にしていった先輩。言葉を武器に人生を切り開いていった先輩。そして、12歳、13歳で世界を改革していった先輩。
ぼくは、こういう先輩たちの小学生時代〜高校時代までの生き方を紹介することで、言葉を武器にして生きる方法、自分の価値観で生きる方法、世の中を変えていく方法を、子どもたちに伝えたいと思ったのです。


シリーズ  惴斥佞鯢雋錣吠僂┐董

言葉には人生を変えるだけの大きな力があるというのがテーマです。
子どもはさまざまな困難に直面しますが、その時に力となるのは言葉です。人生の先輩たちは、言葉でもってどうやって困難を乗り越え、人生を素晴らしいものにしていったのか。
言葉を武器にして生きることで、困難を乗り切る方法を考えていきます。
(先輩=イチロー選手、本田圭介選手、トム・クルーズさん、はるな愛さん、小栗旬さんなど)
※先輩には、この本に登場してもらうことに同意してもらっています




シリーズ◆慇こΔ魏革した子どもたち』

子どもだって世の中を変えることができます。
実際に、マララさんのように、戦争や貧困をなくそうと立ち上がって世界を変えた子供はたくさんいます。
日本の小学六年生の女の子をはじめ、カナダの小学生、インドの児童労働者、フィリピンのストリートチルドレンが、どうやって世界を変えたのかを紹介しながら、子どもの力について考えていきます。
(先輩=柴田知佐さん、マララ・ユスフザイさん、クレイグ・キールバーガーさん、クリス・ケズ・バルテズさん、オム・プラカシュ・グルジャルさんなど)




シリーズ『「わたしの物語」を生きる』

社会の価値の中で肩身の狭いを思いをして生きる必要はありません。
子どもには、子どもならではの価値観がある。社会の物語の主人公になるより、自分の物語の主人公として生きていってほしい。
歌手、選手、学者、社長、いろんな人たちがいろんな「わたしの物語」を見つけ出しました。
彼らの子ども時代を振り返りながら、その方法を考えていきます。
(先輩=Fukaseさん、小林快次さん、T−PABLOWさん、アジャコングさんなど)




拙著『蛍の森』が文庫になりました。新潮文庫です。
二年半前に単行本として上梓したものの文庫化です。

以下、メディアで紹介されてる『蛍の森』の記事の一部です。

・朝日新聞
http://book.asahi.com/reviews/column/2014012200003.html
・SAPIO
http://www.news-postseven.com/archives/20140210_236240.html
・週刊文春
http://shukan.bunshun.jp/articles/-/3594

その他、読売、産経、毎日でも書評で取り上げられました。ご参考まで。

先日、某所で講演会をしたら、中学生の子が小学生の妹と一緒に聞きに来てくれていました。
そのブログが以下。

http://blogpurplepuppycollectorme.tumblr.com/post/134716732720/%E7%9F%B3%E4%BA%95%E5%85%89%E5%A4%AA%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%AE%E8%AC%9B%E7%BE%A9%E3%82%92%E8%81%9E%E3%81%84%E3%81%A6%E3%81%8D%E3%81%9F-part2

この子から、ツイッターでブログを紹介されたので、あえて僕もブログでお返事します。

君は、「今の学校でそれが学べるとは思えない」と書いています。
僕は、それが当然だと思います。これは、学校で教えてもらうのではなく、君が学校へ行って身につけることなのです。

君はこう書いています。

>学校は周囲の空気を読み、婉曲な表現が好まれ、
>暗黙の了解が多く、言語化せず、白黒はっきりつけない方が
>美徳だという精神がある気がする。

きっとほとんどの学校がそうです。昔も今も、たぶんこれからも。
けど、これは何も学校にかぎったことではありません。おそらく、多くの家庭でも、会社でもそうなのです。

だからこそ、君は、いま、自らの言葉で語る力をつけるべきなのです。
学校が変わることを期待してはいけません。学校に教えてもらうことを求めてもいけません。
もし君が本当にそうなりたいのならば、学校という息苦しい空間でそれを身につけなければならないのです。
「空気を読み、婉曲的な表現が好まれ、暗黙の了解が多い」空間だからこそ、君は苦しみながらも、自らの言葉で意思を発せられる力を身につけることができるはずですし、そうしてつけた力だからこそ将来役に立つはずなのです。
もし学校の先生が簡単にその術を教えてくれるだけで身につけられることだったり、学校が自由で何でもものが言える空間であれば、真の力はつかないし、そもそもつける必要もほとんどないでしょう。

なぜ、その力を今身につけなければならないのか。
それは、先ほど書いたように、社会だって学校と同じだからです。つまり、社会だって、「空気を読み、婉曲的な表現が好まれ、暗黙の了解が多い」場所なのです。
君が学生時代のうちにきちんと声を発する力を身につけることができれば、社会に出た時に、その力をもってきっと人生を切り開いていけるはずです。
僕が「学校で自己解決するためのコミニケーションを学ぶべき」と言ったのはそのためなのです。

だからこそ、僕は君に、学校の先生にパッと教えてもらうのではなく、しっかりと自分でもがきながらその力をつけてほしいと思うのです。
もっともすべての人が学生時代にそれを完璧に身につけられるわけではありません。たぶん、社会に出てからも少しずつみがいていく力なのです。
そう受け止めていただければうれしいです。



追記
スラムから抜け出せないで、またもどっていってしまう気持ちを、理解するのは難しいかもしれませんね。
けど、君のお母さんだったらどうでしょう?
君の家族が貧しくてスラムに住んでいたとしましょう。
ある時、君のお母さんがたまたま大金を手にした。それは自分一人だけがスラムから抜け出せる金額だった。さて、お母さんは君をスラムに置き去りにして一人で豊かな暮らしをすると思いますか?
たぶん、そうしないと思います。
そういうことです。

前回のつづきです。

斎藤幸裕が運送会社で働いている間、妻のEはコンビニと風俗店で働いていました。
Eは連日昼から零時まで働いていたため、かなりまとまった稼ぎがあったと考えられます。そのお金でブランド品を買っていたらしいことは前回書きましたが、それ以外にもホスト遊びもしていたようです。

裁判では、Eがちゃんと理玖君の育児をしていたかどうかが問われました。
その中で、このホスト遊びの話が出た時、Eは次のように証言していました。

「厚木のホストクラブに行きました。でも、一回ぐらいです。家出をする前かした後かはおぼえていません」

Eの主張の裏を返せば、風俗で働いたのは生活費のため、私はちゃんと理玖の育児をしていた、と主張しているのです。

しかし、これは裁判とは別の僕の独自取材なのですが、実際はかなり行っていたという知人の証言もあります。
もしホストクラブに頻繁に通っていたとするならば、彼女の法廷でのその主張は音を立てて崩れることになるでしょう。
(ここらへん、くわしい方をもっと探し当てて情報をいただきたいと考えています)

当時、理玖君はすでにネグレクト状態にあった可能性は非常に高いです。
Eの友人によれば、理玖君は体からおしっこの臭いが漂っていて、なんでも手づかみでものを食べてしまうような状態にあったといいます。
友人は、自分の子供に悪影響を与えると考え、理玖君に近寄らせないようにしていたとか。
放置していた結果が、こういう状態に陥らせていたと考えられます。

妙なのが、Eが裁判の中で「私なりに理玖の面倒をちゃんと見てました!」と数えられないぐらい主張していたことです。
しかし、朝コンビニで働いている時に置きっぱなしにして、昼から夜中まで託児所に預けて風俗店で働き、給料をブランド品などにつかっていたと聞けば、だれもが首をかしげるでしょう。

このちがいは何なのでしょう。

たぶんEの育児に関する想像力の乏しさなのだと思います。
Eにとって、おそらく育児の概念はものすごく貧しいものだったにちがいありません。だから、自分ではちゃんと育児をしていたなどと堂々といえるのです。
しかし、実際、Eの関心はもはや家庭にはありませんでした。

平成十六年の10月のことです。
Eは西新宿に暮らす友達から連絡を受けます。その友人が自殺すると言い出したそうです。それで、Eは幸裕に理玖君をまかせてアパートを出て行きます。
Eの言葉を信じるなら、彼女は友人の自殺を思いとどまらせるために西新宿の友人の家にいたそうです。
(幸裕は理玖君の世話をまかされたという記憶すらありません。正直、ここらへんはEの作り話の可能性も否定できません)

が、その間に理玖君はフラフラッと家を出て行ってしまいます。
そして近隣住民から通報があり、警察が理玖君を保護します。むろん、警察としたらどうなっているのかと思い、身元を特定して幸裕に電話し、つづけて児童相談所にも通報しました。
幸裕は仕事中だったため、Eに電話をして引き取りに行くように言いました。Eは西新宿の友人の家(証言を信じるなら)におり、あわてて地元に帰って理玖君を引き取りに行きます。

児童相談所によれば、この時の理玖君の体にはネグレクトのあとが見受けられたようです。
服装はTシャツにオムツで、足ははだし。髪は伸び、しゃべることができず、体はふけつで、爪はのびきっていたということです。
今であれば、児相は虐待と判断して保護するなり何なりの処置をとるでしょう。
しかし、当時の児相にはまだそこまでの考えがなかった上、一人の担当者が150人の子どもを同時にあつかっているような状況でした。しかも、この時理玖君を扱ったのは、本来の担当ではない人でした(担当者は理玖君が保護された時、児相にいなかた)。
そのため、児相はEが迎えに来て引き取ると行ったことから虐待ではなく、「家出」として処理して、Eのもとに理玖君を返してしまったのです。

これが後に最悪の事態を生むことになります。

Eはその後、理玖君をつれていったん家に帰ります。
そして、理玖君を幸裕にあずけ、ちょっと出かけてくると言ったまま家出をしてしまうのです。
裁判でEは「幸裕のDVに耐えられなくなって家出した」と言っています。しかし、どこまで本当なのかは疑問です。
本当にそうなら、なぜ理玖君を幸裕に預けて家出をしたのでしょう。Eが朝から晩まで働いていてDVをする人間だとわかっていたら、理玖君を預けて行方をくらますなんてことがあるでしょうか。

しかし、Eはアパートを出て行ってしまいました。
そして、幸裕とEの二人だけの生活がはじまり、事件が引き起こされるのです。



※Eのこの前後の証言は非常に疑わしいものがあります。現在それを取材で調べていますが、もしほんの少しでもEのことを知っている方がいらしたらご連絡いただければ幸いです。プライバシーはかならず守ることをお約束いたします。取材の成果は、新潮社より雑誌、単行本となります。
連絡先
石井光太
kota_ishii@yahoo.co.jp




★★この事件を2016年8月に書籍にしました★★

絶賛発売中 『「鬼畜」の家 わが子を殺す親たち』(新潮社、石井光太)






昨年春に起きた以下の事件について、二週間ほど行われた公判が終わり、判決を待つまでとなりました。
後日『新潮45』に事件ルポをまとめますが、せっかくなので、こちらで公判によってわかったことを書き記してみます。
今回は事件の経緯を書きます。

(ニュース記事http://sysj.net/atugi/

事件の容疑者は、斎藤幸裕。
神奈川県内で、三人きょうだいの長男として生まれ育ちます。
小学六年生のとき、母親が統合失調症になり、重い症状が現れるようになります。
ろうそくを部屋にいくつもともして「悪魔が来る」などといってグルグルと回るなどいった異常行動です。
幸裕はそうした母親の姿を見て育ったことによって、自分は「嫌なことをすべて忘れる性格になった」と証言しています。
実際後の裁判で、幸裕は過去のことをまったくといっていいほどおぼえていないような発言を繰り返します。

ちなみに、幸裕のIQは69と低いですが、県立高校の普通科を卒業しています。
高校時代の趣味はバイクで、友人とツーリングなどへよく行ったそうです。
卒業後は自動車関係の専門学校へ進学するも、「遠い」という理由で数カ月で中退。その後、実家に暮らしながら運送会社で仕事をはじめます。(一度ペンキ屋で働いた後に、別の運送会社の正社員となる)

幸裕は20代前半の時、高校2年だったEという女性と知り合います。
前の恋人の友人であり、飲み会で知り合ってお互いほれて付き合うようになったようです。

Eはまもなく高校を中退。その後、一人暮らしをはじめた幸裕と同棲を開始します。
18歳ぐらいで同棲? と思うかもしれません。が、Eの親はかなり教育に熱心で、Eはそれに反抗して家族とぶつかって、家で同然で出てきたといいます。
Eはまもなく妊娠、やがて結婚の約束をします。

妊娠していたこともあって、両家の親からは結婚は認められることになりました。
ただ、Eの父親は家庭でうまく言っておらず、結婚の挨拶の時などで姿を現すことはありませんでした。
(Eの両親は後に離婚)

Eは長男を出産します。
この時生まれたのが、事件の犠牲者である理玖君です。

Eは産後一カ月ほど実家に滞在しました。
その後、二人は理玖君をつれて厚木市のアパートへ引っ越します。

結婚当初、幸裕が働いて生活費を稼ぎ、Eは専業主婦をしていました。
しかし、若い二人の生活はかなり未熟だったようで、Eは料理の方法すらわからなかったようです。

やがて理玖君が一歳になった頃から、Eは幸裕に内緒で仕事をするようになります。
早朝はコンビニでバイトをし、昼から深夜の零時までは厚木の風俗(ヘルス)で仕事をしていました。
ヘルスでありながら「本番行為」もあったとか。
コンビニの仕事の時は、理玖君をアパートに放置、昼から夜までは託児所にあずけていました。

●齋藤理玖君殺人事件は、単行本になりました



Eは風俗で稼いだお金を生活費にするわけではなく、ホストクラブへ行っていました。
また、幸裕が「浪費ぐせが激しかった」と言うように、バッグや服などをブランド物でかためていたそうです。

それでも、Eは裁判で「自分なりにちゃんと育ててた」と主張しています。
が、実態はネグレクトとしか思えないものでした。
たとえば、早朝Eがコンビニで働いている時、1、2歳の理玖君は誰もいないアパートに置き去りにされています。
友人が家に行くと使用済みコンドームなどが散乱するゴミだらけの部屋で一人泣きじゃくっていたといいます。親を求めていたのでしょう。

一方、幸裕は運送業で忙しく、明け方から夜まで仕事でした。
Eのムチャクチャな生活態度などが原因で、夫婦間のいざこざは絶えませんでした。
二人は顔を合わせばケンカをするような状態で、しばしば手を上げることもあったそうです。

幸裕は風俗で働いていることを知るなどして「時々ケンカになってお互いに手を上げることになった」と証言しています。
一方、Eの方は「一方的なDVがあって、結婚生活に耐えられなかった」「毎日レイプのようにセックスをさせられていた」と言っています。
どちらの話にも矛盾はあるのですが、いずれにせよ、二人の関係が破綻していたことは事実なのでしょう。

その後、児童相談所が理玖君を保護するのですが、とある失敗によって保護がうまく行かない状態が起きてしまいます。

次回はそこらへんからお話をつづけたいと思います。

《取材協力者募集》
この事件を、ルポとして『新潮45』に掲載。後に本にする予定です。
現在、事件の関係者への取材をしている最中です。Eや幸裕をご存知の方は、ぜひご連絡下さい。
特にEについては不明点が多いので少しでもお話をお聞かせいただければと思っています。
プライバシーはかならず守ることをお約束いたします。
連絡先
石井光太
メールアドレス kota_ishii@yahoo.co.jp





★★この事件を2016年8月に書籍にしました★★

絶賛発売中 『「鬼畜」の家 わが子を殺す親たち』(新潮社、石井光太)






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