石井光太 − 旅の物語、物語の旅 −




『アジアにこぼれた涙』が文春文庫になりました。
旅行人から単行本として出ていたものを文庫化したものになります。

文庫版の編集をしてくれたのは、Y君。
かれこれ7年ぐらいの付き合いですが、Y君が雑誌にいたのが長かったのもあって本を一緒につくったことはありませんでした。
けど、同年代でワンシーズンに一度ぐらいは飲んで友達を紹介し会ったりする仲で、いま『オール読物』で連作を書いているのも、もともとはY君が編集長を紹介してくれたところからはじまりました。
あ、そういえば、Y君の結婚式では、僕と小学館の『ちいさなかみさま』の編集者と二人で余興をやったっけ。
まぁ、いつかY君とはいっしょに大きな仕事をどかーんとやることはまちがいないと思っていますし、そのつもりです。

仕事というのは一本、二本で終わるのではなく、ながーい付き合いの中でいろんな形でやっていくものだと思っています。
とはいっても、「ながーい付き合い」の方が目的になって、ひたすら飲んでいるだけのような関係は意味がないので、付き合いながらも定期的に仕事をしつづけなければなりません。
たとえ、それが書評やエッセイのような小さな仕事であっても、とにかく定期的に仕事をしつづけるということが大切なのです。

最近は僕も三十代後半になって、若い人と付き合うことも増えてきました。
若い人の中には(同世代や年上の人でもそうですが)、たいてい大きな企画をいきなりボーンとやろうとして、企画がうまく通らなかったり、進まなかったりしたときに、がっくりとなって音沙汰がなくなってしまう人がいます。

大きいものをいきなりやって成功すればいい。
が、物事というのはかならずしもそうはいかないわけで、細かく物事をつみあげていって大きなことをやるということも時には必要な気がします。
特に長い間うまくやっている優秀な編集者は、ほとんどそういう人の気がします。五年、十年、二十年というスパンでものを見て、その中でやるべきことと、そうでないことを、きちんと見極めている。

ともあれ、Y君とは、また近いうちにガッツリとしたテーマをやることでしょう。

話がそれましたが、『アジアにこぼれた涙』をよろしく〜。

明けましておめでとうございます。

今年も、猪突猛進、ガンガンと全力で進んでいきたいと思います。

まずは春までに単行本一冊、文庫分二冊、児童書一冊を出します。
児童書? と思う方もいるかもしれませんが、実はすでに3冊だしていて、海外で翻訳されていたり、推薦図書や課題図書になっていて評判いいんですよ(笑)。
春に出す児童書は、僕がずっと書きたかったことですお楽しみに。

本以外ですと、腰を据えてスタートするのは、まずは小説から。

1月に「小説宝石」(光文社)で、長編小説の連載が開始されます。
これは3年ほど前からあたためていたテーマで、満を持して全力投球でやっていきます。
イラク戦争における日本人人質事件をテーマに、人質となった日本人、テロリスト、そして彼らを助ける日本人の3つの視点から同時進行で進んでいく壮大なドラマです。

また、同じ1月の「オール読物」(文藝春秋)から、連作小説を3ヶ月おきぐらいに書いていきます。
0年代の上野の風俗を舞台にした連作短編小説。ぼくとしては同じ場所を舞台にした連作小説というのは初めての試みです。
文藝春秋で本格的に仕事をするのは、考えてみれば、処女作以来ですかね。デビューしてから10年以上、文藝春秋とはずっと付き合いがあったし、ちょくちょく雑誌や本の仕事もしていましたけど、同じ文芸出版の新潮社とやってきたせいなのか、なんか大きな仕事をする機会がありませんでした。
が、ここは一丁やりまっせ〜。

今年は文芸誌での仕事が多く、すでに1年前から連載をしている世界のお産のドキュメント「世界の産声に耳を澄ます」(「小説トリッパー」朝日新聞出版)のほか、2つほど文芸誌で単行本前提の原稿を発表していく予定でいます。春ぐらいには詳細をお知らせできると思いますので、お楽しみに。一本は文芸誌ではありますが、「うわっ!」というノンフィクションです。

もちろん、ノンフィクションの雑誌でも書いていく予定です。
今年は『浮浪児1945−』以来一年ぶりに「新潮45」に舞い戻ることになっています。
「新潮45」では初めてとなる事件ルポです。なんの事件かって? それはまだ教えません。でも、事件ルポといえば新潮社。ここで初めて発表する事件ルポなので、気合を十二分に入れて立ち向かっていきます。

と、こんなことを書いていたら、まだまだ出てきます。
(つーか、すでに告知している新宿区の小学校のルポもあった)
が、これ以上告知をしたところで意味がない。書き手の仕事は一つ。黙って書くだけです!

昨年あれこれと仕込んだぶん、今年は様々な雑誌でノンフィクション、フィクション問わず、あらゆるテーマ、あらゆる書き方で一気に作品をつくっていくつもりです。

本年もどうぞ宜しくお願いいたします!

今日の朝、ふと平均寿命が気になった。

世界の平均寿命は、おそろしいほど上昇している。

http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/image/hpaa200001/fb1010001.gif

第二次世界大戦が終わったあたりからの伸びは怖いほどだ。
やがて食糧難の時代がくるというのも、当然だろう。

では、日本はどうか。
日本も順調に伸びているのだが、以下を見ると、急に下がっている年度があることがわかる。95年、05年、11年だ。ほぼ五年おきぐらい。

http://ecodb.net/country/JP/life_expectancy.html

なぜかわかるだろうか。
それは、それぞれの年に起きたことが要因だ。

たとえば95年は、阪神淡路大震災。
05年は、インフルエンザの大流行。
11年は、東日本大震災だ。

一つの国の平均寿命は、かなり外的要因によって左右される。
それでも、ある程度人口が持ち直しているのは、不慮の出来事をなんとか立て直してきたからだろう。

では、立て直せない場合はどうか。
一つの例としてイラクを見てみる。以下が推移だ。

http://ecodb.net/country/IQ/life_expectancy.html

80年代、イラン・イラク戦争が終わった頃から急激に人口は持ち直す。
だが、湾岸戦争によってガクンと下がり、さらにイラク戦争がはじまるとボーンと下がる。
いま少しずつ持ち直そうとしているが、イスラム国の台頭によってどうなるか。

これは統計に過ぎない。
しかし、統計に見えるような形で平均寿命ががくんと下がることの裏には、大勢の人々が想像もできないような悲しみを体験している。

だからなんだということは、各々が考えることだけど、なんとなく選挙の日にふとそんなことを思った。

『地を這う祈り』が徳間書店で単行本をだしてから、実に四年ぶりに新潮文庫となった。

単行本の時は1600円。
カラー写真満載、200ページオーバーだから、この価格は安いと思う。初版も結構刷っているのでなんとかこれぐらいの抑えられたのである。

通常、単行本は発行から2年〜3年で、同じ版元から文庫化する。
そういう契約を結んでいるのではないが、基本的にはそうするというのが業界のルールなのである。売れなければ別だが、売れた本はまず確実にそうなる。

だが、これを徳間文庫で出すのは難しかった。
徳間文庫自体、ガチのノンフィクションがあまりない。
また、文庫が特別につよい会社ではないので、文庫化したらカラー写真のことを考えれば1000円ぐらいになってしまうだろう。
そうなれば、単行本と価格がほとんど変わらず、文庫化する意味がない。

しかし、これが文庫の強い新潮社なら違う。
新潮文庫は発行部数も多い上に、いろいろあって価格が安くできる。
しかも、ノンフィクションのラインナップがそろっているし、すでに僕の本も四冊文庫化されている。
というわけで、新潮文庫に頼んだところ、なんとカラー写真つきで670円という価格にすることができたのである。編集者も「驚いた」というぐらいの価格になったのである。

とはいえ、他社で文庫化するのは、少々心苦しい。
単行本を作った編集者には、やはりその本に対する愛着というものがある。当然だろう。

『地を這う祈り』は、徳間書店のOさんとN君の二人の編集者によるものだ。
4年半前の春、新橋でOさんと夜中の3時、4時ぐらいまで飲んだとき、僕がほろっと「フォトルポルタージュをつくりたい」と言ったそうだ。
それをOさんが泥酔しながらなんとかメモにとって会社に企画を通し、N君とともにつくることになった。

が、これがムチャクチャ大変だった。

僕が海外で撮ってきた写真は、数万枚に及んでいた。しかも、データだけじゃなく、フィルムもある。ぜんぶ未整理。
Oさんも、N君も、僕もフォトルポルタージュをつくるのは初めて。連日連夜ああだこうだ議論するわ、Oさんは泣き出すわ、N君は会社とぶつかって会社をやめるとか言い出すわ、デザイン会社とケンカになるわ、まぁ、超難産で生まれた本なのである。
でも、それだけやりがいがあった。本作りという意味では、僕にとってはエポックメイキングになった本である。

自分で言うのもなんだが、本そのものもかなり評判が良かった。

徹底的に写真で世界の現実をあらゆる角度からたたきつけたのが珍しかったのだろう。
大学で授業をとしてつかってもらったり、高校生からわんさかとメールが着たり、フォトジャーナリストを目指すといって海外へ行ってしまった若者が続出したり。
そうした話を聞くたびに、よかったなー、と思ったし、OさんやN君に報告すると喜んでくれた。むろん、増刷もしている。

だからなのだろう、文庫として徳間書店ではなく、新潮社から出すという事になると、二人の反応は複雑だったようだ。

N君は「新潮文庫になるって聞いたときは良かったと思いましたよ。新潮文庫なら、もっとたくさんの人に読んでもらえますから」と言っていた。
しかし、Oさんは酔っ払って(いつも酔っているが)「光太さん! 『地を這う祈り』が新潮文庫に取られて悲しいっすよ! 広告見たときは破ってやろうかと思いましたよ!」とつっかかってきた。

N君からすれば、旅立つ息子を応援する感じ。
Oさんからすれば、難産で産んだ息子がどこぞやの女性に奪われていく感じだったのかもしれない。

(とはいえ、徳間書店だって僕が小学館を中心に書いていた震災ルポを『津波の墓標』として奪ったりしたのだからお互い様なのだが)

まぁ、読者にとっては文庫化というのは、単に「安くなった」ということだけかもしれない。
しかし本を作る現場にいる人たちにとっては、一冊の本の文庫化にも、いろんな思いがあるのである。
それでも、本は書店やネットを通して多くの人に広まっていき、様々な種となって、将来花を咲かせることになる。

僕も、Oさんも、N君も、そして新潮文庫のYさんも、そうやって一冊ずつ本をつくっている。

文庫の表紙を見かけたとき、ふとそんなことを思ってくれたら嬉しい。



『浮浪児1945- 戦争が生んだ子供たち』(新潮社)が発売になりました。
発売にあたって、この本ができた経緯を書きたいと思います。

浮浪児の存在は、子供のときから知っていました。
戦後を記録した写真にもでてきますし、『はだしのゲン』のような漫画、あるいは『火垂るの墓』のような作品にも描かれていますから。

ただし、テーマとして浮かんだのは、二十代の終わりでした。
それまで途上国のストリートチルドレンを追いかけていたのですが、アジアやアフリカ諸国が発展するに伴い、突然街頭から彼らの姿が消えたのです。
なぜか。
端的にいえば、国や町が彼らを排除したのです。町は発展にともなって、町の浄化政策を進めました。それによって、戦争や貧困によって浮浪生活を余儀なくされた子供たちが「消された」のです。

(※ここらへんは、拙著『レンタルチャイルド』にも詳しいです)

私はそれを見た時、日本も同じだったのではないかと思いました。
浮浪児の数は、推計で十万人を超えるといわれていますが、それについての記録はほぼ皆無です。
特攻隊、パンパン、被爆者などの資料は山ほどあるのに、同じ戦争の犠牲者である浮浪児だけは歴史から抹殺されてしまっています。

ならば、物書きとしてそのテーマに挑む意味はあるのではないか。
戦争はいかに子供たちの運命を変え、子供たちはその中でいかにして生き抜いたのか。
そのことに目を向けることが戦争の本質を見ることにもつながるのではないか。

こうした思いで、2009年に取材を開始したのです。

ただし、消された歴史を掘り起こすのは至難の業でした。
某出版社の方と手分けしてあらゆる児童福祉施設に問い合わせてみたり、浮浪児の拠点のひとつ上野のお年寄りにひたすら訊いて回ったり、彼らが逃げ込んだであろうお寺や神社を訪ねてみたり……もう思いつくあらゆる手立てをとって一人、二人と当時の生き残りを探していったのですが、なかなかうまくいきませんでした。

一年ほどして当初予定していた出版社からの話が途中で立ち消えになりました。
予算ばかりかかって、発表のめどがつかなかったのが大きいですね。それにあまりに非効率的なので会社が耐えられなかったこともあったでしょう。
しかし、その頃でしょうか、元浮浪児とつながりのある児童養護施設がいくつか見つかったり、関係者が知り合いを紹介してくれたのです。それで点と点がつながりはじめました。

(とはいえ、この会社の編集者には感謝しています。実際ここよりも大きな出版社の編集者に話しをもっていったこともありましたが、みんなめんどくさがってやりませんでしたから。むちゃくちゃな苦労を承知でやってくれたことは感謝してもしきれません)

時を前後して、新潮社との企画の話し合いがありました。
ちょうど『レンタルチャイルド』を出版し、次のテーマだった母体保護法の作品(障害者に対する強制堕胎)が思うように進んでいませんでした。
そこで方向転換するかと相談していたところ、「じゃあ、この際だから浮浪児を『新潮45』で連載しよう」ということになったのです。それで今度は新潮社のバックアップを受けて取材がまた加速するようになりました。

ところが、予期せぬことが起こるのが現実です。

連載開始の直前、東日本大震災が起こったのです。
僕は連載をいったん中止にしてもらい、すぐに東北へ行きました。そして、浮浪児の連載の代わりに『遺体』のもととなるルポルタージュを『新潮45』に発表するのです。

これによって連載までの時間が延びたのは、不幸中の幸いでした。
その後あらたに元浮浪児や関係者が多数見つかったことで、一気に取材内容が充実していったのです。
そして、連載開始を実質一年先延ばしにしてさらに取材を重ねた上で、満を持して『浮浪児1945』を発表したという経緯がありました。

本書は、実際に手に取ると、かなり斬新な装丁になっています。(個人的には大好きです)
それは「戦争を知らない私のような世代にこそ手にとってほしい」という思いがあってのことです。
戦争の本といえば、戦場の悲惨さや、政治的な話だけがクローズアップされます。
しかし、多くの庶民にとっての戦争とは「日常がいきなり切り裂かれ、その後を生きなければならない宿命を背負う」ことなのです。

ある元浮浪児がこう言っていました。

「子供たちにとっての本当の戦争は、戦後の飢餓の時代を生きることだったんだ。犬を食い、ゴミをあさり、餓死する友人を看取り、自殺した中の遺体を片付けた戦後こそが、ぼくにとって戦争だったんだ」

私が『浮浪児1945-』を通して描きたかったのは、そのような「歴史から消されたもう一つの戦後史」だったのです。




いよいよ、新刊『浮浪児1945− 戦争が生んだ子供たち』(新潮社)の発売が近づいてきました。
正確な発売日は、8月12日です。アマゾンなどではすでに予約も受け付けております。

すでに一部告知していますが、この本の刊行イベントとして、現在以下の二つを予定しています。
二つのイベントの内容は、それぞれまったく別です。1は、戦後の浮浪児とともに生きてきた施設の女性と私が対談しながら浮浪児たちとの実体験を直にお聞きする会であり、2は、僕が書籍の執筆の際に集めた映像、写真、文集などを実際にお見せしながら浮浪児とは何だったのかという全体像をお話しする会です。


1、『浮浪児1945-』刊行記念・石井光太トーク
    石綿裕さんに聞く「終戦直後の子供たち」


  8/9 (土) 15:00 - 16:30
  会場 上野・下谷神社

  戦後の浮浪児たちが流浪した末にたどりついた孤児院(旧)「愛児の家」。
  ここには、100人を超す浮浪児たちが戦後共同生活を送っていました。ここの院長の娘であり、
  12歳の時から浮浪児たちと寝起きをともにし、以来約80年間施設の変遷・浮浪児たちの人生を
  見てきた女性に、石綿裕さん(現在も愛児の家に勤務)がいらっしゃいます。
  『浮浪児1945−』にも登場する女性です。
  彼女に戦後の浮浪児との思い出、孤児院での暮らし、その後の浮浪児たちの人生について、石井光太
  と対談形式で語っていただきます。
  浮浪児たちの70年を同じ目線で見てきた方の貴重な証言です。

  ●申し込み
  http://peatix.com/event/45616/published
  ※チケット代には『浮浪児1945−』一冊が含まれます。(本イベント限定の先行発売です)


2、上野駅の浮浪児たちの証言 − 戦後ノンフィクションから語る彼らの実態とその後

  8/23(土) 13:00-14:30
  会場 朝日カルチャーセンター 新宿教室

  朝日カルチャーセンターにて、石井光太が取材で集めた資料(上野地下道の映像、浮浪児の写真や
  文集)などをお見せしながら、浮浪児の全体像についてご説明いたします。
  ここでご紹介する映像や文章は、基本的には単行本にも未掲載のものになります。
  当時の実際の資料から、浮浪児たちがどんな境遇で、何を思い、どんな暮らしをしていたかということに
  ついて知っていただければ幸いです。

  ●申し込み
  http://www.asahiculture.com/LES/detail.asp?CNO=251840&userflg=0
  ※書籍はついていませんが、会場で販売も行なっています。


来年で戦後70年。集団的自衛権の問題について考えることを余儀なくされている今だからこそ、歴史から葬りさられた浮浪児たちの足跡を追うことで、戦争とは何なのかということをお考えいただく機会にしていただければ幸いです。


浮浪児scan300


2009年から取材してきた、太平洋戦争後の上野駅の地下道や闇市に集まった「浮浪児」たち。
昨年まで「新潮45」で連載してきたこの作品が、今年の八月の中旬に新潮社より単行本として発売されます。
ぼくが3.11以来、もっとも力を入れてきたノンフィクション作品です。

本作の発売を記念して、朝日カルチャーセンター新宿教室で、浮浪児に関する講演会を行います。
単行本の中には未収録の話はもちろんのこと、当時の浮浪児たちが書き綴った手書きの体験記、児童福祉施設(当時・孤児院)に残されていた写真など、決して表には出てこない資料を公開しながら、一時間半戦争が生み出した孤児たちが「浮浪児」としていかに生きてきたかについてお話いたします。

以下が要綱です。
お申込みは、朝日カルチャーセンターのホームページ、もしくは電話にてお願いいたします。

■講演タイトル
上野駅の浮浪児たちの証言 − 戦後ノンフィクションから語る彼らの実態とその後

■日程
8/23(土曜) 13:00-14:30

■費用
会員 3,024円
一般 3,672円

■場所
朝日カルチャーセンター新宿教室
http://www.asahiculture.com/shinjuku/access.html

■講演概要
ノンフィクション作家・石井光太が5年の取材を経て、太平洋戦争のあと上野駅 の地下道を中心に暮していた「浮浪児」と呼ばれる戦災孤児たちについての単行本を上梓しました。
東京大空襲の後から朝鮮戦争勃発までの五年ほどの間、浮浪児たちは闇市で働いたり、靴磨きをしたり、スリや恐喝までして戦後の混乱期を生き抜きました。
生き残った浮浪児の証言や、彼らが残した貴重な写真や手記をもとに、戦後の浮浪児たちの実態と、その後の人生までを明らかにします。

■申し込み
http://www.asahiculture.com/LES/detail.asp?CNO=251840&userflg=0




『世界「比較貧困学」入門――日本は本当に恵まれているか』をPHP新書から刊行しました。

よく日本は「貧困大国」だと言われます。
しかし、日本には膨大な食べ物、膨大な商品、そしてさまざまな福祉制度があります。
アタマでは「日本の貧困」の意味がわかっていたとしても、少なくともアフガニスタンやソマリアの貧困と比べて本当に「貧困大国」なのかどうか実感がないというのが多くの人の思いではないでしょうか。

日本の貧困が何なのかを把握するには、海外の貧困との比較は避けられません。
途上国にある「絶対貧困」に照らし合わせると、日本の「相対貧困」はどのような実態を持っているのか。そして、その意味で何を貧困と捉えるのか。
そうした考え方が不可欠なのです。

本書ではそうした意図のもと、

1、住居
2、路上性生活
3、教育
4、労働、
5、結婚
6、犯罪、
7、食事
8、病と死

の8つの側面から両者を照らし合わせ、「貧困」の意味を考えます。

貧困は国や地域によって、あり方がまったく異なります。
だからこそ、異なるものを比べてみて、はじめてその特性が明らかになるものです。
そういう意味で、途上国の貧困を「絶対貧困」と定義し、日本の貧困を「相対貧困」と定義して両者を比べて、それぞれの特性を浮き彫りにした本書は<比較貧困学>というべきものの入門編と考えています。

書店等でお見かけになったら、ぜひお手に取っていただければ嬉しいです。

4月からNHKのNEWS WEBのナビゲーターを担当することになりました。
毎週火曜日の担当です。

僕は根っこは、たぶん軽いことが好きな人間です。
しかし、活字の仕事でも、テレビの仕事でも、基本的に重いテーマばかりを取り上げます。

なぜか。

それは、幼い頃の記憶があるからです。
中学生や高校生だった時にテレビや本を読んでいて、ときどきこう思いました。

「なぜ、この人たち(テレビに出ている人や本を書いている人)は、テレビや本で大勢の人に対して大切なことを伝える機会に恵まれているのに、どうでもいいことを話しているんだろう。もっともっと伝えるべき大切なことがあるんじゃないか」

実際にメディアの仕事をするようになると、情報を発信することに慣れてしまいます。
だからこそ、いつの間にかどうでもいいような話をしていたり、情報発信にそこまで大義を見出せなくなったりします。
そんな時、僕はかならず上記の気持ちを思い返すようにしています。
そして発信する側に立てていることに感謝して、全力で「大切」なことを示そうとします。
だからこそ、メディアの仕事において、一部の方からは「重すぎる」「まじめすぎる」と言われるようなテーマをあえて取り上げているのです。

NEWS WEBは、ツイッターをつかった視聴者参加型ニュースです。
ニュースの形態からすれば、軽いことをしようと思えばできなくはないでしょう。また軽い話題の方がツイートしやすいかもしれません。
けれど、僕は先述した気持ちを貫くため、少なくともナビゲーターが選ぶニュースなどにおいては、しっかりと「自分が大切だと思えること」を真剣に発信していきたいと思っています。

もしかしたら、見ている皆さんにとっては、胸が苦しくなるような話題を提供するかもしれませんし、ツイートしづらい意見を言うこともあるかもしれません。
しかし、それはすべて先の気持ちを、私なりに実現しようとしているからなのです。
その気持ちだけご了承いただければ幸いです。

一年間、どうぞよろしくお願いいたします。


NEWS WEB
http://www3.nhk.or.jp/news/newsweb/

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文芸誌『小説トリッパー』(朝日新聞出版)にて、新連載「世界の産声に耳を澄ます」がはじまります。

世界各地の出産現場に赴き、「子供を産むとは何か」「子供を育てるとは何か」ということについて考えていきたいと思います。
海外を舞台にしたお産ルポですね。

最近は国内ルポが多かったですが、久々の長編海外ルポです。
季刊の雑誌ですが、手に取っていただければ嬉しいです。

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