2007年11月17日

読者からの質問

読者からの質問があったので、こちらでお答えいたします。
メールの一部を以下に貼らせていただきます。

<メール>
『神の棄てた裸体』読ませていただきました。一読者として、刊行当初に読んだ『物乞う仏陀』よりも愛着ある一冊になりました。物語的広がりに富んでいる点が最大の魅力としてあげられると思います。「イスラームの性」というテーマを、物語の入り口にしたかと思えば出口に据え、時には横道や裏道に用意していたりと、テーマそのもののよりも、書き方にこだわった作品に思えました。
 ひとつ気になった点があります。書籍の最後に「本書の内容から、登場人物のプライバシーに配慮し、一部事実関係を変えている箇所があります。ご了承ください。」という一文が添えられていますが、ここでいう「登場人物のプライバシー」とは一体何を指しているのでしょう? 尻に出来た腫瘍を見、少女の指に勃起したことを「書いた」あなたが、今さら誰に配慮する必要があるのでしょう? 作品が作品なだけに、最後のあの一文にいささか興が醒めたのは事実です。ノンフィクションとはいえ、フィクショナルな表現と無縁とはいかないかと思います。ただそれをあの一文に背負わせる必要があったのか、あったとすればそれはどのような事態だったのか、とても気になりました。

<回答>
一番多いのは、お店や地区や固有名詞といったものです。
当たり前ですが、売春というのは犯罪行為です。国によっては日本では考えられないような重罪になってしまいます。

たとえば、本を読んだTVディレクターがアフガンの話にでてくる男性を探し出して映像化したらどうなるでしょう?
下手すれば本当に殺されます。

旅行者がインドの売春宿にいって、アキという娼婦を探し出して、買った揚句に、「なに、君、不妊なんだって」と訊いたらどうなるでしょう?
傷つくなんてもんじゃありません。

中年旅行者たちが群れをなしてインドネシアの線路上にある売春宿に押しかけて少女売春婦を買ったらどうなるでしょう?
日本の恥です。

本の情報というのは、人によっては何だって使えます。
僕の本を「夜の歩き方」という感じで読む人だっているでしょうし、映像のネタにしようとして読む人だっているでしょう。100人いれば、100人の読み方があるんですから当然です。

たしかに僕だって現地の生活に分け行って色んなトラブルを起こしました。それについて言い逃れをするつもりはありません。
ただし、それを活字にして出版する以上、僕は書き手としてその情報が悪用されないように配慮する義務があると思っています。

ということを前提に以下のご質問にお答えします。

>ここでいう「登場人物のプライバシー」とは一体何を指しているのでしょう?

上記に記したような、本人を特定できる要素です。

>尻に出来た腫瘍を見、少女の指に勃起したことを「書いた」あなたが、
>今さら誰に配慮する必要があるのでしょう?

本では、話の流れを悪くしないように何事もさらっと書いています。
しかし実際はまったくそんなことはありません。

僕は取材をする時、とにかく土下座して頼みこんでいます。
100人にやっても受け入れてくれるのは1人ぐらいです。あとは完全無視。
ただ、その1人は本当に僕のために色いんなことをしてくれます。友達を紹介し、家に泊めてくれ、思い出したくもないことを語り、嗚咽しながら暗い過去を話してくれるのです。

イラクの娼婦もそうでした。
本ではさらっと何となく出会って、何となく肛門を見て、何となくカミングアウトされたように書いています。そうしなければ本として成立しないからです。
しかし実際は違います。彼女が見ず知らずの外国人に心の闇を打ち明けるまでどれだけの葛藤があったでしょう?

これは、あなたご自身に当てはめてみればわかると思います。
あなたの元に見ず知らずの外国人が来て、あなたの暗い過去を全部教えてくれと言ったとします。
もちろん、あなたは断ります。しかし、その外国人は安宿に泊まりながら、「本が書けなければ数百万円の借金を背負って路頭の迷ってしまうんだ」と泣きついてきます。
あなたは哀れに思い、その男性と少しだけ仲良くしてあげます。やがてゆっくりと信頼関係ができていきます。
そしてついに、あなたは思い出したくもない暗い過去を、その人のために打ち明けてあげます。涙を流して嗚咽しながら打ち明けるのです。
しばらくして、その外国人は母国に帰ってきました。
それから一年後、彼はあなたとの思い出を本にしました。けど、「何の配慮もせず」にあなたの実名や働き先が明記されています。
やがて、その国から観光客が店に押し寄せて、あなたの過去を笑いながら話します。「戦争の思い出で眠れないなら、おれが抱いてやるよ」なんていうオヤジもいます。
挙句の果てに、噂をききつけた警察がやってきて、あなたを不法滞在で逮捕してしまいました。

さて、あなたは、その時、何を思うでしょう?

もうわかっていただけたのではないでしょうか。
僕は、現地で出会った人々に対して極力配慮することは、人として絶対に必要なことだと考えています。
「尻に出来た腫瘍を見、少女の指に勃起したことを<書いた>」から「何でも書いていい」ではなく、だからこそ、「最低限の配慮をすべきだ」と思うのです。
それが「配慮」している理由です。

もしかしたら、「そんなきれいごとを」と思う方もいらっしゃるでしょう。
けど、僕は「そんなきれいごと」が大切だと思うのです。


>あの一文に背負わせる必要があったのか

細かいことは先述しましたが、おそらくこの質問には「なぜわざわざ書いたの?」的なニュアンスもあるかと思います。

実は、書き手には、いろんな質問がくるんです。
たとえば、「あれはどこの売春宿なのか教えてくれ」とか「俺が取材をしたいので、登場人物の住所と連絡先を教えてくれ」とか「実物に会ってみたいので紹介してくれ」とか。全部実際にありました(笑)。

あるいは、重箱の隅をつつくような批評家やブロガーもいます。
「地名が入っていないから嘘に違いない」とか「実名でなければノンフィクションではない」とか。あるいは「なぜ登場人物の写真を載せないのか」とか。

はっきりいって、この種の質問に応じるのも面倒ですよね。
なので、僕としてはああいうふうに書いておけば、了承をとるという意味に加えて、そうした質問や指摘を抑制できると思ったのです。
ああいうふうに書いてあれば、さすがに僕に連絡先を教えろ、とか、どこの地区か知りたいといった質問はなくなるでしょうから。

ただ、個人的には、色々と悩みますよ。
地名を入れた方が絶対に現実感を高めることができますから。

そうそう、インドの赤線の地名を入れるかどうかは悩みました。
本というのは、最初の原稿の段階で何度か直します。そして、それをゲラにしてさらに三回ぐらい直します。
実は、その二回目ぐらいまで赤線の地名が入っていました。
ただ、最後の最後で校閲の方(文体や誤字を直してくれる人)からの指摘で「このままにするのか」みたいな意見が入っていたんです。
それでまた考え直して、結局削除したんです。
あ、あとインドネシアの赤線も同じでした。たしかゲラの段階までは地区名を入れていましたが、これもインドと同じ時に指摘があって削除したんです。

とはいっても、こうした事情は本には書けませんよね。
書いたって校正の段階で出版社側から「余計だから削除」といわれるだけです。

そこらへんを少しでも分かっていただければ嬉しいです。

kotaism at 03:08 │Comments(0)clip!日々のこと 

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