「月刊PLAYBOY」10月号は、「人生が変わる旅の本100」だった。
ペラペラとめくってみると、本当に懐かしい本がでてくる。僕は「旅の本」と気にとめてまとめて読んだことはない。基本は濫読なので、折に触れて読むぐらいだ。それでもタイトルを写真とともに並べられるとドキドキする。

掲載されているものの中から適当に紹介する。

僕が生まれて初めて「旅の本」として読んだのは、指揮者小澤征爾の『ボクの音楽武者修行』だ。
これは、僕が小学生か中学生の時に、母親に勧められて読んだのだ。
小澤征爾が一流の指揮者を目指して欧州へ渡り、コンサートを渡り歩く。コンサートからコンサートへいく途中の電車の中で楽譜を見てそれを全部頭に叩き込んでしまう。そうしてコンサートでタクトをふって喝采を浴びたり、コンクールで一位を取ってしまったりする。
天才が天才として認められていくまでの青春の記録がそこにある。
これを読んだ時は、子供ながらに「天才の成長期」に感動したものだ。

ボクの音楽武者修行 (新潮文庫)


平尾和雄さんの『ヒマラヤの花嫁 (中公文庫 M 184)
』と、近藤紘一さんの『サイゴンから来た妻と娘』は同時期に読んだ。高校生の頃だったか。
前者は著者が旅の途中でヒマラヤの山岳部に暮らすネパール人女性と恋に落ちて結婚しロッジを経営しながら現地に溶け込んでいく話、後者はベトナム戦争中に日本人記者の著者が陥落寸前のサイゴンで現地の女性と結婚し日本へ移住する話だ。
作品の空気は異なるものの、著者が現地の女性と結婚し、やすやすと現地社会に溶け込んでいく姿にあこがれた(本当は「やすやす」ではなかっただろうけど)。自分はきっとそうはできないだろう。そう思っていたからこそ、なおさら羨ましく思った。

サイゴンから来た妻と娘 (文春文庫 こ 8-1)


高校生の時に読んだ辺見庸さんの『もの喰う人びと』、宮本常一の『忘れられた日本人』。
この二冊は、僕をノンフィクションの世界に引き込んだ本だ。十代でこの本と出合っていなければ、僕は絶対に今のようなことはしていなかった。
ついでにいうと、僕をノンフィクションの道にすすめたもうひとつの本は『異人論序説 (ちくま学芸文庫)
』という本だった(これは旅の本ではなく、民族学の本)。
高校生の時にこれを読んでから民俗学、人類学、宗教学に興味をもち、その関連の本をむさぼり読むようになって、フィールドワークを知り、憧れ、学び、やってみようと思ったのだ。
大学に入ったばかりのころ、この「マイブーム」のせいで、彼女と一週間旅行している間、一言もしゃべらずにひたすら柳田國男全集とフレイザーの『金枝篇』の読破にいそしんだおかげで、最終日にふられたのを憶えているなぁ(笑)。

もの食う人びと (角川文庫)


忘れられた日本人 (岩波文庫)


開高健の旅行記を読んだのもこの頃だっただろうか。
その前に一連の小説を読んだ時はたいして思わなかったのだが、旅行記を読みだしてその文体と洞察力に圧倒された。ちょうど初めて文章というものを書き始めたときだったから相当へこたれた。
けど、今はあの人が「釣り」と「戦争」に没頭してくれたことをホッとしている。もし彼がノンフィクション作家だったら、もう誰一人として海外ノンフィクションなんてできなかっただろうと思う。

開高健と双璧をなす人物といえば、やはり金子光晴だろう。『どくろ杯』『マレー蘭印紀行』だ。
昭和の初期の臭いが半世紀以上たった今もプンプン臭う。たぶん、時がたてばたつほどいい臭いになっていくだろう。100年後も200年後も読者がつくだろうと想像できるような本はなかなかお目にかかれるものではない。

オーパ (集英社文庫 122-A)


どくろ杯 (中公文庫)


今回の特集では紹介されていなかったけど、僕は加賀乙彦の『頭医者 (中公文庫)
』シリーズも旅の本としては傑作だと思っている。
著者が精神科医として大学を卒業し他、フランスへ留学し、そして処女作の題材を見つけるまでの記録である。
笑いあり、涙ありの、隠れた傑作だと思う。是非、読んでほしい。

ともあれ、改めて考えてみると、「旅の本」というのは特別なものだ。
何がいいって、「青春」なのだ。青春には、死と性と生の香りがプンプンしているものだ。
『ボクの音楽武者修行』にでてくる小澤征爾も、『頭医者』シリーズにでてくる加賀乙彦もまだ無名の時代。だからこそ、泥の中でピカピカと宝石のように光りながらガムシャラに努力して浮き上がろうとしている姿がある。
『もの喰う人びと』『忘れられた日本人』『オーパ!』、いずれも芥川賞作家、民俗学の巨人となってから書いた本だが、旅の中で彼らは地位も名誉も捨てて泥だらけになって苦しみ、悩む。
『ヒマラヤの花嫁』、『サイゴンから来た妻と娘』の著者たちは、ひたすら現地の中で汚れながら文化とまじわり、まじわれず、くっつき、はなれる。

これ、すべて年齢を問わない作者の青春である。
プライドも名誉もかなぐり捨てた泥だらけの青春である。
そして、その青春にこそ、本音の人生がある。

旅の本の醍醐味というのは、著者とともに読者がそれを共有できることだと思っている。