2008年10月30日

パンドラの携帯電話

ある研究によれば、発展途上国における障害者の割合は、総人口の7〜10パーセントほどだそうだ。
そして3パーセントがリハビリテーションを必要としているらしい。いわば、十人に一人は障害者(身体、知的含む)ということになる。

先日、『障害者と文化 非欧米世界からの障害者観の問い直し』という本を読んだ。
アフリカやアジアなどの障害者観を海外の研究者がまとめた論文集だ。途上国の障害者に関する本は少ないので、なかなか面白い。

この本の中で面白かったのが、マサイ族の中につたわる「セックスと障害者」観だ。
マサイの中には「妊娠3カ月以降の性交渉は控えるべし」という決まりがあるんだそうだ。もしその期間中にセックスをしてしまうと、ペニスによって退治が傷つけられて障害者になってしまったり、精液がふりかかって白い斑点をもつ子が生まれてしまうと考えられているらしい。

出産後は出産後でまた別の決まりがある。授乳期間中もまたセックスは禁止なのである。
もし授乳期間にセックスをすると、精液が乳房にまで届いてダメにしてしまい、結果として子供に下痢を起こさせる要因となるというのである。
たぶん「白」ということで精液と母乳がつながっていると思われているのだろう。

こう考えると、マサイたちは一年半から二年ぐらいはセックス禁止ということになる。
本当にその間マサイの男たちが「我慢」しているのかどうかは定かではないが、まぁ、そのような迷信があるからこそ、マサイの女たちはつわりの最中や出産直前、あるいは出産後で膣が傷ついている間に、若くて性欲旺盛な夫からセックスを強要されなくてすむのだろう。人によっては迷信サマサマということもあるのではないだろうか。風習というのはよくできているものだ。
とはいえ、その一方で、障害者が生まれた場合は、迷信にしたがって母親や父親が責められることもあるのだろう。ひどい時には村八分なんてこともあるのかもしれない。

本書の別の論文によれば、障害者が生まれた場合、コンゴのある部族では3つの捉え方をするんだそうだ。

1、「祝福された子供」〜双子
2、「欠陥のある子供」〜運動障害、麻痺
3、「不運な子供」〜小人症、水頭症

それぞれ、1は「特殊能力(治療能力など)をもつ子」、2は「人間と非人間の境界におかれる存在」、3は「非人間」という認識なんだそうだ。
傷害の種類によっても受け止め方が全然違うのは興味深い。

でも、こういう迷信的な考え方って、いつまでつづくのだろう。

今年僕がアフリカにいた時、マサイの人たちはみんな携帯電話をもっていた。
民族衣装を着たまま携帯電話で着メロをダウンロードし、メールをし、待ち受け画面を変えていた。360度地平線の平原でも電波は通じるらしい。
当然、あと一年後にはi-Phoneでインターネットをやっているマサイの姿は何倍にも膨れ上がるだろう。
むろん彼らだってそこから膨大な「情報」を得ているわけで、やがては妊娠中・後のセックスのやり方だって、障害児が生まれる理由だって科学的にとらえるようになる。

それが良いことなのか、悪いことなのか分からないけど、あと何十年かしたら、いろんな意味で携帯電話が「パンドラの箱」だったと考えられるんだろうなー、と思う。


kotaism at 17:30│Comments(4)clip!日々のこと 

この記事へのコメント

1. Posted by もこもこ^^♪もくもく^^♪   2008年10月31日 21:55
こんにちは^^
マサイ族の性についての観念って確か『マサイの恋人』という本(だったかな...)に詳しく書いてあったと思います。
女性に快感があること事態知らないらしいです。目的は子供を作ることと、男性の楽しみということだそうですよ。
マサイ族の男性と結婚した白人女性の話なんですが、相当淡白だそうな...

人体についての詳しい知識がまだなっかた時代は、やっぱり迷信で成り立ってたんでしょうね。でも、それが結構上手い具合にできているのは本当に不思議ですが...

しかし、ある意味、優秀な遺伝子を残さなければいけない人類にとっては障害のある人を気持ち悪いと感じるのが正常な反応だと聞いたことがあります。
本能はそうなのかもしれませんが、なんだか複雑ですよね。

携帯電話、...
綺麗なバラにはトゲがあるように、便利なものにも...
2. Posted by びじゅまま   2008年11月04日 20:59
5 マサイの男たちが我慢している。。。
というのは無いと思いますよ。マサイ族も確か一夫多妻ですよね、だから妻のうちの誰かがセックス禁止期間だったとしても他の妻のところへ行けば出来るわけですよね、、、

もし妻たちに対する暴力などが無かったとすれば男どもの下半身は満たされているのかも、と思います。でも女性たちに対する暴力が黙認されている状況でないことを願うばかりですが。

マサイ族も携帯TELを持っているのですね、初めて聞きました。
前にレンタルDVDで観た映画「母たちの村」というアフリカ舞台の映画を思い出したのですが、これは女性たちの割礼を痛烈に批判する内容でしたが、女性が割礼廃止を訴えるのに対して、男たちはこれは伝統だからやめるわけにはいかない、と言う事で激しく対立します。女性たちがラジオでよその情報を手に入れるのが気に入らない頭の古い男たちがラジオを焼き捨てるように命令する場面が出てきます。

ですからそれと同じような感じで、マサイ族の女性たちが携帯を通じて新しい情報を仕入れるのが気に入らないという理由で頭の古い男共が携帯を焼き捨てたりしなければ良いですが。

そのようなことが無ければ障害児の生まれるわけが科学的解明される日が遠くならないかも知れませんね。
3. Posted by びじゅまま   2008年11月05日 06:22
それと、途上国の障害者といえば、、、

「物乞う仏陀」、読ませて頂きました。全体的には障害者を人間らしく生活させようと思ったら、当然かもしれませんが、国に力がないとムリなんですね。

なんらかの障害を抱えているということは、自力だけで生きていくのは極めて難しい、だから生存競争に参加しようと思ったら他人の力を吸い上げて生きなければいけない、でも先進国のように「さあさあ、私たちの生きる力を分けてあげます、どうぞ吸い取ってください」というわけには行きませんから、自分から生きる力を強くアピールする、そのために盲目でもカラオケマイクで街中を歌いながら人々に煙たがられながらも歩き回ったり、宝くじを売ってみたり、でもそういう仕事が出来なければ、障害を更に強く見せ付けて物乞いする、と言う事でしょうか。

でもそういう形で他人の力を吸い上げることの出来ない重度の障害者は家族の下で人間なのかゴミなのか区別のつかない状態でほったらかされる、たとえ健常者でも経済力が全体的に弱ければ自分が生きるだけで精一杯だろうし、自分以外の人間、ましてや生きる力の殆ど無いと思われる人の面倒なんか見られるわけが無い、と言う事かもしれませんが、形体は違えども同じ人間であることには変わりありませんから、将来いつになるか分かりませんが、このような障害のある人達でも人間らしい生活が出来る日を願って止まない気持ちになりました。

でもインドのマフィアの手によってつくられる障害者はひどいですね。私もインドを旅したときにいわゆる不自然な障害者を何人も目にして、なんかオカシイという気はしましたが、こんなウラがあったんですね、勉強になりました。私が旅したのは大分前になりますが、今でも行われているんでしょうかね?
4. Posted by 石井光太   2008年11月06日 13:03
>マサイの恋人

なかなか面白い本ですよね。
あれを読むと、男女の嫉妬はやはり万国共通なんだなと思いますね(笑)。
相手がマサイだろうとなんだろうと、恋する女性には「馬力」がありますよね。男の場合もあるのかもしれませんが、なぜかあまりストーリーにはなりにくい(笑)。

>今でも行われているんでしょうかね?

このテーマは、ちょうど今「PLAYBOY」で連載しているものになります。
ここでは浮浪児の幼少期について書いていますが、来年(新年号)から舞台を「新潮45」に変えて、浮浪児の青年期、そして成人期の話を書いていきます。その中で、「現状」についても詳しく書くつもりです。
ここでその話をすると、連載のネタバレになってしまいますので、詳しいことはそちらをご参照していただければ幸いです。

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