日本語の能力が落ちているといわれる。
パソコンやケータイが普及し始めた時はよくそんなことが言われていた。が、最近はあまり話題にも上らなくなった。もっとも、僕もどうだっていいと思う。他人の日本語能力が落ちようと落ちまいとどうでもいいし、それが「時代」ならそれはそれで構わないと思っている。

が、その「例」を聞くと面白い。

むかし、ある出版社の人から電話があった。
その時に、突然こんなことを言われた。

「あの、『物乞うブヒ』、すごく面白かったです。一度一緒に仕事がしたいと思います。会っていただけませんか」

ブヒ？　そう、「仏陀」のことを「ブヒ」と読んでいるのである。
たぶん、苦しまぎれに読んだのだろうが、こんな人と一緒に仕事がしたいと思うわけがない。本作りをしている人ならせめて「仏陀」ぐらい読めてくれ、と思ったものだ。

出版社の日本語能力が下がっていれば、当然書店はもっとひどい。
先日、文藝春秋の人と飲んでいたら、「書店で領収書を書いてもらう時に『文藝春秋』と書けない人が多いんです」という話を聞いた。
僕はてっきり「藝」のことだと思っていた。これは8割ぐらいの人が書けないだろう。そのことを言った。すると、その人いわく、

「『藝』ならいいんですが、『春』が書けないんです。『季節の春です』と言っても書けないんですよ」

春が書けないというのは、相当やばい。
さすがに小学生の低学年で習う字だ。やばいを通り越して、心配になってくる。

しかし、書店の店員ならまだいい方なのかもしれない。
先日、集英社に勤める人とこれまた酒を飲んでいた。すると、その人いわく、

「この前、居酒屋の姉ちゃんに集英社当てで領収書を書いてくれと言ったんです。そしたら、その姉ちゃん、集英社っていう字がわからないっていうんです。仕方なく「『あつまる』の集に、『英語』の英に、『会社』の社」と書いてくれって頼んだんです。そしたら、その領収書には『集Ａ社』と書いてあったんです」

そう、「英語の英」といったら、「英語のＡ」と誤解したのである。それで、「集Ａ社」となったそうな。
常識的に考えて「集Ａ社」なんて会社が存在するだろうか？　その常識がないと、こうなってしまうのだろう。ここまでくると、日本語能力云々というより、ついに日本語が国際語化したか、と感慨深くなってしまう。

「仏陀」はともかく、「春」「集Ａ社」は日本語能力云々の問題ではなく、常識の問題だろう。

常識といえば、先日、ネパールに暮らす現地の友人から突然連絡が来た。
彼から「日本人の彼女ができた。俺の彼女から光太のところにメールがいくと思う。仲良くしてくれ」といわれた。それから一週間ほどして以下のようなメールがきた。

「あたし●●のカノジョでーすイシーさんって●●のシンユーなんですかぁ？　●●って、ちょーシブくないですかぁ？　イシーさんって、●●のことどー思います？　あたし、遠距離でも大丈夫かなぁイシーさんは遠距離ってしたことあるぅ」

まったく解読不能である。
僕だってカタイ人間ではないから、知っている女性にこういうメールを送られるなら問題ない。が、見知らぬ人に、名前も教えられずにこんなメールを送りつけられても困る。
なにが楽しくて、名前も知らない人に対して、僕が遠距離恋愛したことがあるかどうかなんてことを話さなきゃならないのだろうか。

正直いうと、本の読者からのメールの中にもこういうのがある。以下なんかがそうだ。

「ハンドルネーム百鬼夜行より　　石井氏の文章、なんつーか、鬼のようでした。鬼の怒りを感じました。石井氏、鬼っすね。現代の鬼っす。俺も鬼になりたいっす。ちなみに、酒天童子って知ってます？　石井氏、あの鬼を書いたら絶対日本一番っす。是非次はお願いします。百鬼夜行より」

意味がわからない……
なぜ「石井氏」とか呼ばれなきゃならないのか？　つうか、なぜ君が僕の次回作を決めるんだ？
これもまた明らかな常識の欠如だろう。

ただ、これらすべてを時代のせいにするつもりはない。
たぶん、50年前だって「春」を書けない人はいただろうし、「集Ａ社」と勘違いする人もいただろう。また、本の作者に変な手紙を送った人もいただろうと思う。
今に限った話ではない。

ただ、こういう常識の欠如は、第三者として聞く分にはすこぶる面白い。
みなさんも、酒のネタにされぬよう十分気をつけられたい。


追記
いまふと思い出したが、僕の周りにもそうとうひどい奴がいる。
先日知り合いと話をしていたら、彼が「いやー、鉄筋ぐらっちゃってさ」という。「鉄筋」？　そう、「鉄拳」の間違いなのである。
別の人はこうもいう。「この間のクリスマスで八面鳥たべてさぁ」。悲しいかな、「七面鳥」の間違いである。
あるいはこういう人もいた。「悪夢でジェイムスに追いかけられたの。すごい怖かった」。ジェイムスって誰？　と思っていたら、「ジェイソン」の間違いだったらしい。

と、偉そうなことを書いているが、僕も頻繁にある。というか、何も考えずに変なことをいう。
よく言い間違えるのが「ゆば（湯葉）」と「うば（姥）」だ。なぜかいつも「ゆば」という時「うば」と言ってしまう。
「いやー、先日、姥食ってさぁ。超うまかったよ」とか。
無論、周囲はドン引きである。僕がどこかのお年寄りをナンパして淫靡なホテルにしけこんだと思ったのだろう。途中で気づいて訂正すればいいが、気づかないこともある。気づいたら「老け専」とか噂されている。
十分言い回しには気をつけたい。