メディアで仕事をすると、否応にも自分の名前が出てしまう。
これが嫌な人は「ペンネームを使う」という手がある。実際、大勢の人がそうしているだろう。テレビに出たりしない限り、名前さえ隠しておけばなんとかなるものだ。

だが、ペンネームというのは最初が肝心である。
最初に本名をつかって、後からペンネームにするというわけにはいかない。
僕の場合、ペンネームをつけようかな、と思っていたら、文藝春秋の局長さんと最初に会った時に「いい名前だ。本名でいけ!」と言われ、そのままやることになってしまった(立場的に「いや、ペンネームで」と言える状況ではなかった)。
それ以来、本の仕事は本名でやることになり、生き恥をさらして今に到っている。

本名でやることには不都合も多い。
プライベートで美しい女性に出会って「何をやっているんですの」と尋ねられれば、「いや、インドで四肢のない人と暮らしたりしておりまして」とか「ストリートチルドレンの女の子と一つのベッドで眠った時のことを書いております」と答えるわけにはいかない。ドン引きされ、「狂人に違いない」と思われて、ジ・エンドである。
しかし、本名で文章を書いていれば嘘をつくわけにもいかない。本心では、「海外を回っていて、ちょっと文筆など。ま、なんですな、世界もグローバルな時代になっおりますよ。はははは」と言って<かっこいい男>を演出したい。だが、その女性がその夜自宅で「石井光太」と検索すれば、変な過去が出てきてしまう。
やむなく、本当のことをいわざるを得ない……。で、当然ながら、美女は遠ざかっていく。
つらいことだ。

ただし、悪いことばかりでもない。
思わぬ、出会いや再会がある。

大きな仕事をしたりすると、かなり大勢の人が見たり読んだりすることになる。
その中には、昔の知り合いなどもいて、時々声を掛けてくれる。こうして果たされる偶然の「再会」というのが意外に多いのだ。あるいは、ここからまったく無関係だった人と人とがどんどんつながっていって、大きなネットワークになることもある。

ここ一カ月の間にも何件かあった。
しかも「先生」つながりが多い。

そのうちの一件は、中学時代の国語の先生だ。
ある日、突然その先生から「著者名に石井光太とあるが、コータじゃないか」というメールが来た。17年ぶりぐらいだろうか。たまたま、本屋で手にとって気がついたんだそうな。
しかし、国語の先生に本を読まれるというのは、非常に恥ずかしい。なんか、「添削」されそうな気持ちになる。
そういう意味では本来出版社の校閲者に読まれる方が緊張するはずなのだが、昔の「先生」のイメージが強烈にあるためか、なんか緊張するのである。夏に会う約束をしているが、たぶん、その時まで何を言われるかドキドキすることになるだろうと思う。
「コータ! あの文章は駄目だ。もっと練習しろ」と言われれば、「はいっ、すみませんです」としか言えないだろうなー。
いつまでたっても先生は先生なのだろう。

もう一件は、数日前のことだ。
小学校の同級生の女の子からメールがあったのだ。20年ぶりである。
彼女も学校の先生になっていた。生徒のために本を取り寄せたところ、僕の名前と写真に気がついたのだそうだ。
彼女とは小学生の高学年の時に同じクラスで、隣の席だった。
彼女がいうには、小学生時代の僕の印象は「天真爛漫」なんだそうな。僕が自分の母親のことを「なっちゃん」と呼んでいて、それで担任の先生に怒られていたのを憶えていたという。「母親のことはお母さんと呼べ!」と叱られていたのだろうか(僕にその記憶はない)。まったく、マヌケな小学生である。

逆に、僕は彼女の思い出として、「薄いピンクの洋服」がある。なぜかわからないけど、隣の席で、薄いピンクの服を着ている印象があるのだ。姿勢が正しく、寡黙で、知的な感じがしていたのを憶えている。
小学生の頃の僕は、なぜか「薄いピンクの洋服」にドキッとしていた。小学生というのは、意味もわからぬものに「ドキッ」とする意味不明な生き物なのである。まったく、わけがわからない。
ともあれ、あの時の子が、先生になって教鞭をふるっていると聞いて、なるほどなー、と感慨深かった。
こういう再会は本当にうれしい。

そんなこんなで、懐かしくなって、押入れから小学校時代の卒業アルバムをだして、ペラペラめくっていた。
すると、「卒業文集」を見つけてしまった。小学六年生の僕が書いた「将来」として次のような言葉があった。悲しいほど日本語がおかしいが、恥ずかしながらそのまま記す。

「しょうらいやりたいことは、ひこうきの、パイロット(むり)と船に、のったり陸で、やることは、小さいきがするから、むりだけど、うちゅうひこうしになりたいです」

なんつー日本語だろう。小学六年生のものとは思えない。われながら馬鹿すぎる……
しかし「飛行機のパイロット」「宇宙飛行士」が夢だったとは覚えていなかった。
(言い訳をすれば、この一年後の中学一年の時、文章を書く仕事か、映像関係の仕事につこうと決心した)

小学生6年生の僕が、今の自分を見たら、どう思うのかなぁ。
「陸で、やることは、小さい気がする」と書いていたぐらいだから、「へ、セコイ大人になりやがって」と思われるかもしれない。
けど、言い訳かもしれないが、僕は小学6年生の「僕」にこう言いたい。

「そりゃ、セコイ大人かもしれないけど、これでも、僕だって死に物狂いで一生懸命やっているんだぜ」

ま、この言い訳は、<大人の常套句>なのだけど。

でも、小学生の頃の「僕」に馬鹿にされるような大人にだけはなりたくないなー。
せめて、パイロットや宇宙飛行士よりも大きな仕事をやってのけて、20年前に小学生だった僕を驚かせてやりたい。「あの時は、パイロットを目指していたけど、今はそれに負けじと劣らぬ仕事をやっているんだぞ」と言いたいのだ。少なくとも、その大志だけは捨てまい。

というわけで、がんばろっと。