太平洋戦争のことで気になることがある。
戦争中、いったいどれだけ同性愛行為が行われていたか、である。

戦争が激化する前は、戦地へ赴く前に、父親が息子を花街へつれていって童貞を捨てさせるのが常だったそうな。
花街から遠く離れたところにある村では、年上の女性が筆おろしを手伝ったり、夜這いがその代わりをしたのだという。
だが、戦争が激しくなってくると、国がそれをとがめるようになった。

なぜか?

性病にかかる人間が増えたのである。
淋病などならともかく、梅毒なんかにかかると兵士として使えなくなってしまう。
赤紙が来て筆おろしをしたついでに梅毒なんかにかかってしまうと、兵役取り消しなんてことになりかねない。
そこで、国は出兵前の売春や夜這いを禁じたのだそうな。

どれぐらいの兵士たちが出兵前に童貞を捨てたのかは定かではない。
だが、十代後半から二十代の若者が、性の衝動を抑えることができるわけがない。
そのために生まれたのが、従軍慰安婦ということになるのだが、軍隊全体でいえば、従軍慰安婦を利用した人は一部でしかないだろう。
そう考えると、「それ以外はどうしていたのか」という疑問にたどり着く。
当然、仮説として出てくるのは、男同士でやっていたのではないか、ということだ。

実際、海外取材のついでに元兵士に話を聞くと、たいてい同性愛行為の経験を聞かされる。
上官が同性愛者で夜な夜な襲われたとか、それに味をしめた部下たちが仲間内でやりはじめたとか、そういう話である。
戦場というのは、実際はすごくヒマなところである。ドンパチが行われたとしても、数分ないしは数十分に過ぎない。あとは一日中ボーとしている日々だ。そんな状況では、ついつい男同士でつつきあいたくもなるのだろう。

と、考えれば、やはり太平洋戦争でも同じことがあったのではないか、と思う。
だが、なかなかその証言に出くわさない。ロシアや東南アジアのB、C級戦犯たちが、戦後白人たちに収容所で犯されたというような証言があるぐらいで、自分たちから積極的にやったという話がナカナカ見つからないのだ。
まぁ、太平洋戦争の負け戦のなかで、「実は戦場の隅で同性愛にふけっていました」とは言えるものではないだろう。

ところが、である。

去年の末ぐらいに手にした「女装と日本人」(講談社新書)という本に、ちょっとした記述があった。
それによれば、太平洋戦争が終わった後、1945年から1950年ごろにかけて、上野駅にたくさんの女装した男たちが売春している光景が見られたというのである。
当時、上野駅はその手のメッカとなっており、売春婦にまぎれて女装男性が立っており、春をひさいでいたらしい。
興味深いことに、そうした女装男性の中には、太平洋戦争の中でオカマをほられた人たちもまじっていたそうな。その時の体験をきっかけにして、女装男性として生きようと決めたのかもしれない。
僕自身、パキスタンの国境の町で、アフガニスタン戦争で兵士として働いている最中に、仲間の兵士からオカマをほられて「おんな」に目覚めて、パキスタンに逃げてきた後にヒジュラになったという難民に出会ったことがある。
おそらく、それと同じような経緯で、戦後の混乱期に女装した男娼になった元兵士もいたのだろう。

また、僕がとても面白いと思ったのは、45年〜50年の上野という時代&空間である。

戦争浮浪児がいたのも、まったく同じ時期なのである。
浮浪児たちは、朝鮮戦争が勃発して日本が豊かになるにつれ、警察によって捕まったり、追い出されたりして50年には街から消えてしまう。全国へ散らばってしまうのである。
女装男性たちもこれと同じだと言う。50年以降は各地に散らばり、それぞれの街でオカマバーをつくったり、温泉街で働くようになったりするのである。

僕はこの45年から50年の上野の群像に非常に興味がある。
海外取材の経験からいって、おそらく浮浪児たちは売春をしていたはずだ。その中には、男としての男娼ではなく、女装した男娼も混じっていただろう(世界のストリートチルドレンは9割がたそうしたことをしている)。
浮浪児と女装男性が入り混じり、さらに時代のなかで街から追い出されて消えていく過程というのは、なんともいえないドラマがあるように思える。

ちょっと前に、ある出版社で浮浪児についてやろうという話が持ち上がった。
テーマとして何か一つ足りない気がして放っておいていたのだが、あらためて、浮浪児だけでなく、女装した男娼なんかと絡めてみると、よりいっそう深みが出てくるような気がしてきた。
もし65年前に、オカマをやっていたような人間を見つけられれば面白いのだが、さすがに難しいだろう。今ならともかく、あの年代の人たちが自ら口を開くとは思えないし……

うーむ。

誰か、この手の情報を知っている人がいたら教えてください。

ともあれ、「女装と日本人」という本は非常に面白い。
前に、この著者が書いた共著の論文を読んで、「面白いことを書く学者さんだなー」と感心して、知り合いの編集者数人に「この人に書かせてみたら面白いんじゃないか」と言いまくっていたのだが、いつの間にか講談社現代新書になっていた。講談社メチエから共著で出しているので、たぶんその関係で新書に話がいったのではないだろうか。
ともあれ、これまでの小論文が一冊の本として形をなしたことで、とても有意義なものになったと思う。正直、去年僕が読んだ新書の中で、三本の指に入るほど興味深かった。
女装に興味もない人も是非読んでみてほしい。
(念のため、僕も女装それ自体にはまったく興味がない)



女装と日本人 (講談社現代新書)
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