貧しい国を回っていると、「エネルギーが足りねえ〜」と思うことがある。
食事自体にカロリーがほとんどないので、ちょっと動くと疲労感が半端ないのである。

コカコーラの「力」を感じるのは、そんなときである。
ご存じ、コーラには半端ない糖分が入っており、カロリーが非常に高い。
貧民街を取材して、体力がなくなり、死にそうだー、と思った時、瓶入りのコーラを飲むと、一気に体力が回復する。本当に実感できるぐらいカロリー=エネルギーが高まっていくのである。
糖分こそがブドウ糖(エネルギーの元)なので当然といえば当然だろう。
そうしてみると、貧しい国にはかならずコーラや甘ったるい紅茶なんかが溢れているし、現地の人もそれを求めているが、普段食事からカロリーをとれない人にとって、あれは生きるのに必要なものなのだろう。
貧しい国の人々にとって、コカコーラというのは「命の水」でもあるわけだ。

そういえば、食べ物や飲み物は、カロリーが高いものでなければ、「中毒」にはならないそうだ。
コカコーラ中毒とか、ポテトチップス中毒とか、アイスクリーム中毒という人はいる。
しかし、ダイエットコーク中毒というのはほとんどいない。あるいは、コンニャク中毒とかワカメ中毒というのもほとんどいない。

なぜか?

人間は無意識のうちに、生物的な意味でエネルギーを欲している。
そのため、ダイエットコークを「うまい」とは思っても、体はそこにカロリーが含まれていないことを感づいている。だから、生き物の本能として、ダイエットコークを本能で渇望するということはないのだそうだ。そうなると、当然ダイエットコーク中毒者というのはいないということになる。
(逆に、定番のコーラであればカロリーが高いので、体は無意識のうちに必要とする)
こうしてみると、私たちが太るものを欲するのは、カロリー=エネルギーを欲する人間の本能といえる。

甘さといえば、甘さを感じない動物もいるそうだ。
たとえば、犬なんかは甘いものが大好きである。甘いという感覚があるのだろう。
だが、猫にはそれがない。味覚神経の中に、甘さを感じるものがほとんどないのだそうだ。動物の多くは、木の実などの中に含まれる糖分を食べることで、その神経を発達させる。しかし、肉食(野生猫は肉食動物)であると、その経験がないために、甘さを感じる神経がかなり鈍ってしまうらしい。そのため、甘いものに対して人間や犬ほど興味を示さないのだという。
猫も、甘さに不感症とは、なかなか悲惨な生き物である。

甘いものか、甘くないものか、といえば、人間の「酒のつまみ」についても同じことが言える。
たとえば、つい先日、某雑誌の元編集長と飲みに行った。以前、その雑誌に連載していたこともあり、何度も飲んだことがある。その方は、一軒目が終わった後にたいていオシャレなバーにいく。その時、かならずフルーツを注文する。つまみで、かならずフルーツ(とくにドライフルーツ)を頼むのである。先日も、バーへ行ったら、やはりフルーツの盛り合わせを頼んでいた。

編集長さんがフルーツを頼むのは、「疲れていて糖分を欲している」のか、「脳に二軒目のつまみ=フルーツ系」というプログラムがインプットされているかなのだろう。あるいは、ウイスキーなどは、甘いつまみと非常に相性がいいということもある。
そうしてみると、正当な理由があって、ウイスキーを飲みながら、甘いものを頼んでいるということになる。

ただし、ビールや日本酒を飲んでいる時に、甘いおつまみを頼む人はすくないだろう。
ビールや日本酒のときは、たいていナッツとか、チーズとか、漬物など、塩分のきいたものである。僕も、日本酒を飲んでいるときは塩分のきいたものしか食べたくない。

これはなぜなのか。

実は、塩分というのは、ビールや日本酒を飲んだ時にのどに残る応答をリセットする機能をもっているのだ。
ビールや日本酒を飲むと、その応答がのどに残る。その時、塩分をとると、それが一度消えて、また最初から新鮮な感覚でビールや日本酒を飲めるようになるのである。
だから、人間はビールや日本酒を飲むとき、無意識のうちに塩分のきいたおつまみを頼んで、交互に飲み食いしているのである。

そう考えると、僕たちは知らず知らずのうちに、体の動物的な本能によって食生活をコントロールされているといえる。
なんか、ちょっと悔しい気がしないでもない。