あまりに心のこもったコメントだったので、こちらに掲載してご返答します。

こんにちは、ぴるむと申します。
石井光太さんの「遺体」映画化しましたね。
私は釜石市民として悲惨だったあの頃を映画にするのは初めはどうかと思いました。
震災直後の何もない釜石を、家族を失った悲しみからまだ立ち直れていない人をたくさん見てきた中で、この映画は悲しくなる一方ではないかとばかり思っていました。
しかし、西田敏行さんを初め、たくさんの豪華な方たちが本気でこの映画に取り組んでいる姿を拝見し、涙が止まりませんでした。
実際、私は祖母と叔母を震災で失い、何度も遺体安置所へ行きました。
釜石第二中学校や大槌などに行き、沢山のご遺体を見てきましたが、今でも見つかっていません。
当時、中学二年生だった私は何が起こっているのか分かりませんでした。
このような悲しみを味わった人は釜石にまだたくさんいます。
そんな人たちの思いを届けてくれたこの映画を本当に嬉しく思います。

12月15日に釜石高校で映画を見てきました。
被災者の実際の生の声を生かしてくれている嬉しさとあの頃の自分に思いを重ねてしまい悲しみがあふれ出てきたことを今でも思い出します。

釜石はまだ震災の爪痕がくっきりと残っています。
その釜石を私たち子供が将来作っていく役目を背負っていると思います。
私たちに今でも支援をしてくださる心優しい方々の思いを無駄にしないよう精一杯頑張っていきたいと思います。
そして、復興した釜石を皆様に見せられるようにしたいと思います。
どうか、震災のことを被災した方もそうでない方にも忘れないでください。


中学二年生であの現場にいらっしゃったんですね。
震災の直後に、釜石など被災地へ行った時のことは忘れられません。
あの時、私の胸にあったのは、「被災地はこんな状態なのに自分が住む東京はほとんど無傷」ということに対する罪悪感と、だからこそ自分に出来ることを何か一つでもやらなければ、という気持ちでした。
結果として、それが『遺体』という作品を描くことにつながりました。

それは、きっと映画の君塚監督や出演者の方々も同じ気持ちだったと思います。
みなさん一人ひとりが「自分の出来ること」として考え、あの映画をつくりあげてくださったのだと思います。
私自身、映画製作の最初の段階から関わらせていただいていたので、出来あがった作品を観た時は、その気持ちをストレートに感じ、本当にここまで丁寧につくってくれたんだ、という思いで涙が出てきました。

私たち作り手にとって、なによりも大切なのは当事者の方々がどう感じるかという点です。
そういう意味では、あなたがこのようなメッセージを寄せてくださったことは、何にも勝る喜びです。
本が出版され、映画の公開が終わっても、あなたはずっと釜石の人であり、釜石と関わりながら生きていくことと思います。
もしかしたら、いつか「釜石のことが忘れられているのではないか」とか「自分に出来ることに限界がある」と感じることもあるかもしれません。
そんな時は、いつでも声をかけて下さい。
本はいつか書店からなくなりますし、映画の公開も終わりますが、僕自身はあなたと同じようにずっとあの日の記憶を持ちつづけていますし、微力ですが何かしらできることがあるかもしれません。

いつかそんな形で、成長したあなたとお会いできれば嬉しいです。