昨日、小学校の同窓会があった。
24年ぶりである。僕はパーティーの類は基本的に参加しないのだが、このような同窓会が今回の1回限りだったらもう二度と会わない人もいるんだろうなー、と思い、行ってみることにした。

京王プラザホテルの会場にいくと、懐かしい顔がたくさんあった。
約40人ぐらいが参加したらしい。1学年4クラスだったから1クラス分ということになる。仲良くしていた人がたくさんいたので、昔の話やら今の話やらで盛り上がった。

今日の朝、実家に寄ったついでに同窓会のことをチラッと話した。
親は喜んでいたが、一言こんなことをつぶやいた。

「同窓会に来る人って、社会でうまくいっている人とか、学生時代に良い思い出があった人に限られちゃうかもしれない」

それを聞いてふと思ったのが、2、3年前に大学のゼミの人たちで集まった時のことだ。
担当教授を挟んで何人かで飲んだのだが、一人男の子が終わる直前になってフラッと現れた。閉店間際だったので15分ほど飲んでほとんど会話もできなかった。
その後、彼は帰りの方向が同じということで教授と一緒に帰ったのだが、あとで教授から聞いたところによれば、彼は帰路にこんなことをつぶやいていたらしい。

「自分はいまだに定職につけずにフラフラしているので、同級生と顔を合わせる勇気がなく、ずっと一人で別の店で酒を飲んでいた。それで終わる直前に勇気を出して来たんです」

僕はそれを聞いて、あることを後悔した。
彼が遅くにやってきた時、私は何も考えずに「いま、何やっているの?」と訊いてしまったのだ。
彼はあまりはっきりとしたことは言わなかった。きっと言い出せなかったのだろう。
もし彼の気持ちをわかっていれば、訊かなかったにちがいない。

同窓会に来られない理由というのは、人によって様々だと思う。
上記のような人もいれば、単に忙しいという人だっているだろうし、同級生に嫌な思い出しかない人だっているだろう。
来られる人には来られる人の物語があり、来られない人には来られない人の物語がある。
そして、その時々によって両者が逆転することもある。

僕が卒業した小学校は、世田谷区にある公立だった。
卒業年は昭和64年。
昭和最後の年だ。

きっと何度同窓会を開いても、その度に来る人は変わるのだろう。
それが時の流れなのだ。

ただ、その流れを思うと、やはり卒業というのは悲しくも切ないものだとつい感傷にひたってしまう。