このブログを読んだ方から以下のようなコメントを頂きました。

映画『遺体』まだ見ていないけど、見に行きます。
2012年1月に手術のため東京から移動し、北海道帯広の病院におりました。震災の影響はあまりない実家の地でした。
同室の頑張り屋さんの70歳くらいの女性の方。娘さん御夫婦とお孫さんを津波でなくされたそうです。
「でも、うちはみんな帰ってきたから」微笑みながら話していました。
ある日、その方に本が届きます。ベッドに寝転んで読みながら号泣されていました。
「大丈夫ですか?」と声をかけると、石井さんの『遺体』の表紙を見せてくれました。
「娘がどこかに載ってるんじゃないかと思って‥」
言葉が出ませんでした。
石井さんのブログを見つけて、何か伝えずにはいられなくてコメントさせて頂きました。


この女性の気持ちを想像すると、涙がにじんできます。
微笑みながらも、ずっと心の深いところで娘夫婦と孫の「あの日」のことを考えていたのでしょう。

ふと思い出したことがあります。
先日、別の読者からメールを頂きました。そこには次のようなことが記されていました。

「私は釜石で生まれましたが、震災当時は海外にいました。
震災で親を失いましたが、直後ということもあって駆け付けることができず、親戚に火葬までを頼みました。しかし、仕方がなかったとはいえ、2年間ずっと遺体のそばにいてあげられなかったことを悔やんできました。
そんなとき、『遺体』を読み、安置所の人たちがどんなふうにご遺体を送ったかを知ることができました。
ただ、一つだけどうしても知りたいことがあります。うちの親はちゃんと声をかけてもらったのでしょうか。
衣服を洗ってもらっていたのでしょうか。
名前は××と言います。どうかうちの親がどのように葬られたかを教えていただけないでしょうか」


僕は、本を読んでくださった方から、こういうメッセージを頂戴すると、書くことの責任を考えずにはいられません。
もちろん、すべてをすべて描くことはできません。しかし、血眼になって死んだ自分の娘夫婦や孫のことが載っていないかと探したり、自分の親がどのように葬られたか書かれていないかを知ろうとしたりしている人がいると考えた時、どんな姿勢で文章を書き続けていくべきかを改めて考えさえられます。

このようなコメントやメールをくださることは、何よりありがたいことです。

この場をかりて、上記だけでなく、これまでコメントやメールをくださった多くの方々に、厚くお礼を申し上げます。