「いま、被災地はどうなっていますか」

ここ一カ月ぐらい、インタビューを受ける度に訊かれる質問です。

よく「癒える」という言葉を使う方がいます。
しかし、「癒える」ということなどあるのでしょうか。
考えてみてください。自分の肉親が不慮の死を遂げたとして、二十年、三十年経って思い出して悲しくないわけないですよね? 人間というのはずっと傷を抱えて生きていくものなのです。

「新潮45」に書いたルポ「『遺体』それからの物語」でも書きましたが、ご遺族の胸にはまだ悲しみがたくさん残っています。
普通に主婦として暮らしている方でも、数カ月に一度イタコのようなおがみ屋のところへ通って、未だに行方不明の父親の霊を下してきてもらっています。そうやって行方不明の父と話をしているのです。
また、別の主婦はご両親のご遺体は見つかったにもかかわらず、夜になると遺体安置所で目にした数々の遺体になり代わって、その人たちの無念をしゃべりつづけています。
どちらも、現在進行形で起きていることです。
みなさん、一見すれば普通に暮らしているのですが、胸には一生背負って行かなければならない悲しみを抱えたままなのです。

人は、「被災地に対してどうすればいいだろう」という疑問を抱きます。
私は何より大切なことは、一番の犠牲者、つまりご遺族の気持ちに立って何ができるかを考えることだと思っています。

数カ月に一度おがみ屋さんに行っている主婦に対して何をすべきか。
それは「おがみ屋なんかに行っても意味がないよ」ということではなく、彼女の心情を理解して「おがみ屋さんの口を借りてお父さんがしゃべっていることは、その通りなのかもしれないね」と言ってあげることなのです。
あるいは、毎晩亡くなった人になり代わって無念をしゃべる女性にすべきことは、「PTSDだよ。病院へ行けば」と言うことではありません。あの日彼女が何を見て何を感じてきたのかを理解し、その思いを共有して彼女を理解することなのです。

原発を何とかする、政治を何とかする、瓦礫を何とかする。
もちろん、それらは大切なことです。やらなければなりません。
しかし、それ以前に、そこに住んでいる犠牲者の気持ちを理解することが重要なのです。
彼らなくしては、いくら建物がもとにもどって、原発がなくなったからといって、町が前に進んでいくことなんてないのです。

私は自分にできることは何かと考えた時、作家という立場から「あの日起きたこと」「今起きていること」「これから起きること」を書きつづけることだと思っています。
現実を知らなければ、そこに生きる人たちを理解することはえきない。ならば、その理解するきっかけを、文章という形で残しておきたい。
それが私の役割だと思っています。

今年も3月11日が来ました。

二年が経ち、少しずつ震災を考えることも少なくなってきていると思います。
それは決して悪いことではありません。人間には必要なことです。
しかし、日本には何十万人という東日本大震災のご遺族がいます。この先、何十年も彼らはあの日の体験を背負って生きていくのです。

私としては、みなさんに一年に一回でもいいですから、今もあの災害を体験している人が生きていること思い出してほしいと思います。
そのために、私はそれを知るきっかけだけは作りつづけていきます。
それが回り回って、日本各地に暮らしているご遺族や、亡くなった方々のためになればと願っています。
きっとそれはこれからの日本を支えることにもつながるのですから。



追記
上記「新潮45」の「『遺体』それからの物語」については以下の電子書籍にも掲載しています。拙著『遺体』のその後の物語です。

『遺体』それからの物語―新潮45eBooklet
『遺体』それからの物語―新潮45eBooklet [Kindle版]