いまから10年以上前、『物乞う仏陀』という処女作を書くためにミャンマーへ行った。
僕がまだ20代半ばの時だ。

実は、この旅でミャンマーへは2回行っている。
1回目は途中で雇ったガイドが逃げ出してしまった。ハンセン病患者や路上に座り込む障害のある物乞いなどを訪ねて話を聞くことに耐えられなくなったのだ。
政府が認めた公認の優秀な通訳だったのだが……。

そこで、数カ月別の国を回った後、ミャンマーへ行った。再挑戦である。
今度は、ヤンゴンの路上で偶然出会った10代の青年2人を雇った。名前は、ミンミンとアウンアウン。
2人はガイドになるために独学で一生懸命に日本語を勉強していた。ガイド料はいらないので、とにかく日本語を教えてほしい。そう言ってきたのである。
私は一か八か、2人を雇った。彼らと再挑戦しようと思ったのだ。

若かくてお金もなかった彼らは、一生懸命だった。僕もがむしゃら。
3人で泣きべそをかきながら障害のある物乞いたちに声をかけていった。
そんなこんなで一生懸命に取材した成果が、『物乞う仏陀』の「ハンセン病の村にて」(版元の事情で文庫版のみ収録)の話になる。

早いもので、あれから10年以上が過ぎた。もう彼らも30歳ぐらいだろう。
その後ミャンマーへは『神の棄てた裸体』の旅以降行っていない。その時も2人に手伝ってもらって、大戦の生き残りである老人が一人語りをする「問わず語り」という章の取材をした。以来7、8年になるだろうか。

さきほどそのミンミンからフェイスブックで友達申請が来た。
懐かしい。まったく変わっていない。彼のフェイスブックの友達のところには日本人の名前がずらり。あれから10数年、一生懸命に働いて、ガイドとして自立したのだろうな。

今年の秋、ミャンマーへ行こうかと思う。


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