『地を這う祈り』が徳間書店で単行本をだしてから、実に四年ぶりに新潮文庫となった。

単行本の時は1600円。
カラー写真満載、200ページオーバーだから、この価格は安いと思う。初版も結構刷っているのでなんとかこれぐらいの抑えられたのである。

通常、単行本は発行から2年〜3年で、同じ版元から文庫化する。
そういう契約を結んでいるのではないが、基本的にはそうするというのが業界のルールなのである。売れなければ別だが、売れた本はまず確実にそうなる。

だが、これを徳間文庫で出すのは難しかった。
徳間文庫自体、ガチのノンフィクションがあまりない。
また、文庫が特別につよい会社ではないので、文庫化したらカラー写真のことを考えれば1000円ぐらいになってしまうだろう。
そうなれば、単行本と価格がほとんど変わらず、文庫化する意味がない。

しかし、これが文庫の強い新潮社なら違う。
新潮文庫は発行部数も多い上に、いろいろあって価格が安くできる。
しかも、ノンフィクションのラインナップがそろっているし、すでに僕の本も四冊文庫化されている。
というわけで、新潮文庫に頼んだところ、なんとカラー写真つきで670円という価格にすることができたのである。編集者も「驚いた」というぐらいの価格になったのである。

とはいえ、他社で文庫化するのは、少々心苦しい。
単行本を作った編集者には、やはりその本に対する愛着というものがある。当然だろう。

『地を這う祈り』は、徳間書店のOさんとN君の二人の編集者によるものだ。
4年半前の春、新橋でOさんと夜中の3時、4時ぐらいまで飲んだとき、僕がほろっと「フォトルポルタージュをつくりたい」と言ったそうだ。
それをOさんが泥酔しながらなんとかメモにとって会社に企画を通し、N君とともにつくることになった。

が、これがムチャクチャ大変だった。

僕が海外で撮ってきた写真は、数万枚に及んでいた。しかも、データだけじゃなく、フィルムもある。ぜんぶ未整理。
Oさんも、N君も、僕もフォトルポルタージュをつくるのは初めて。連日連夜ああだこうだ議論するわ、Oさんは泣き出すわ、N君は会社とぶつかって会社をやめるとか言い出すわ、デザイン会社とケンカになるわ、まぁ、超難産で生まれた本なのである。
でも、それだけやりがいがあった。本作りという意味では、僕にとってはエポックメイキングになった本である。

自分で言うのもなんだが、本そのものもかなり評判が良かった。

徹底的に写真で世界の現実をあらゆる角度からたたきつけたのが珍しかったのだろう。
大学で授業をとしてつかってもらったり、高校生からわんさかとメールが着たり、フォトジャーナリストを目指すといって海外へ行ってしまった若者が続出したり。
そうした話を聞くたびに、よかったなー、と思ったし、OさんやN君に報告すると喜んでくれた。むろん、増刷もしている。

だからなのだろう、文庫として徳間書店ではなく、新潮社から出すという事になると、二人の反応は複雑だったようだ。

N君は「新潮文庫になるって聞いたときは良かったと思いましたよ。新潮文庫なら、もっとたくさんの人に読んでもらえますから」と言っていた。
しかし、Oさんは酔っ払って(いつも酔っているが)「光太さん! 『地を這う祈り』が新潮文庫に取られて悲しいっすよ! 広告見たときは破ってやろうかと思いましたよ!」とつっかかってきた。

N君からすれば、旅立つ息子を応援する感じ。
Oさんからすれば、難産で産んだ息子がどこぞやの女性に奪われていく感じだったのかもしれない。

(とはいえ、徳間書店だって僕が小学館を中心に書いていた震災ルポを『津波の墓標』として奪ったりしたのだからお互い様なのだが)

まぁ、読者にとっては文庫化というのは、単に「安くなった」ということだけかもしれない。
しかし本を作る現場にいる人たちにとっては、一冊の本の文庫化にも、いろんな思いがあるのである。
それでも、本は書店やネットを通して多くの人に広まっていき、様々な種となって、将来花を咲かせることになる。

僕も、Oさんも、N君も、そして新潮文庫のYさんも、そうやって一冊ずつ本をつくっている。

文庫の表紙を見かけたとき、ふとそんなことを思ってくれたら嬉しい。