先日、某所で講演会をしたら、中学生の子が小学生の妹と一緒に聞きに来てくれていました。
そのブログが以下。

http://blogpurplepuppycollectorme.tumblr.com/post/134716732720/%E7%9F%B3%E4%BA%95%E5%85%89%E5%A4%AA%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%AE%E8%AC%9B%E7%BE%A9%E3%82%92%E8%81%9E%E3%81%84%E3%81%A6%E3%81%8D%E3%81%9F-part2

この子から、ツイッターでブログを紹介されたので、あえて僕もブログでお返事します。

君は、「今の学校でそれが学べるとは思えない」と書いています。
僕は、それが当然だと思います。これは、学校で教えてもらうのではなく、君が学校へ行って身につけることなのです。

君はこう書いています。

>学校は周囲の空気を読み、婉曲な表現が好まれ、
>暗黙の了解が多く、言語化せず、白黒はっきりつけない方が
>美徳だという精神がある気がする。

きっとほとんどの学校がそうです。昔も今も、たぶんこれからも。
けど、これは何も学校にかぎったことではありません。おそらく、多くの家庭でも、会社でもそうなのです。

だからこそ、君は、いま、自らの言葉で語る力をつけるべきなのです。
学校が変わることを期待してはいけません。学校に教えてもらうことを求めてもいけません。
もし君が本当にそうなりたいのならば、学校という息苦しい空間でそれを身につけなければならないのです。
「空気を読み、婉曲的な表現が好まれ、暗黙の了解が多い」空間だからこそ、君は苦しみながらも、自らの言葉で意思を発せられる力を身につけることができるはずですし、そうしてつけた力だからこそ将来役に立つはずなのです。
もし学校の先生が簡単にその術を教えてくれるだけで身につけられることだったり、学校が自由で何でもものが言える空間であれば、真の力はつかないし、そもそもつける必要もほとんどないでしょう。

なぜ、その力を今身につけなければならないのか。
それは、先ほど書いたように、社会だって学校と同じだからです。つまり、社会だって、「空気を読み、婉曲的な表現が好まれ、暗黙の了解が多い」場所なのです。
君が学生時代のうちにきちんと声を発する力を身につけることができれば、社会に出た時に、その力をもってきっと人生を切り開いていけるはずです。
僕が「学校で自己解決するためのコミニケーションを学ぶべき」と言ったのはそのためなのです。

だからこそ、僕は君に、学校の先生にパッと教えてもらうのではなく、しっかりと自分でもがきながらその力をつけてほしいと思うのです。
もっともすべての人が学生時代にそれを完璧に身につけられるわけではありません。たぶん、社会に出てからも少しずつみがいていく力なのです。
そう受け止めていただければうれしいです。



追記
スラムから抜け出せないで、またもどっていってしまう気持ちを、理解するのは難しいかもしれませんね。
けど、君のお母さんだったらどうでしょう?
君の家族が貧しくてスラムに住んでいたとしましょう。
ある時、君のお母さんがたまたま大金を手にした。それは自分一人だけがスラムから抜け出せる金額だった。さて、お母さんは君をスラムに置き去りにして一人で豊かな暮らしをすると思いますか?
たぶん、そうしないと思います。
そういうことです。