今回、虐待事件を取材していて、裁判でもメディアでも常に問題となっていたのが次のことでした。

「なぜ、事件は未然に防げなかったのか」

事件が発覚すると、かならずと言っていいほど問われることです。
そして、今回の三件すべてにおいても、一様にこのことが議論になりました。
その結果、児童相談所の判断の甘さ、システムの未整備などが理由として挙げられ、まるで吊し上げのように謝罪を強いられました。

もちろん、児童相談所にまったく落ち度がないとはいいません。
しかし、私が実際取材をしていて感じるのは、児童相談所にしても市にしても、すごくよくやっているということです。
厚木市の齋藤理玖君の事件、そして下田市、足立区の事件においても、すべて事件前に児童相談所や市が介入しています。

では、なぜ未然に防げなかったのか。
某児童相談所の元所長さんは、次のように語っていました。

「事件を起こす家庭の親っていうのは、児童相談所ではマークしながらコントロールできていると思っている人なんです。1〜5までリスクのレベルがあるとしたら、高リスクの4、5の人ではなく、低リスクの1とか2ぐらいの人が事件を起こす。ごく普通で、仕事もしていて、周りからの評判もよく、子どもを愛しているという家庭。それが、私たちには想像もつかない理由で起こすんです」

その時、市役所で福祉の仕事をしている方が、そうそう、と言ってこんな例を紹介してくれました。

Aさんという独居老人がいた。アパート暮らし。
彼女は痴呆もないし、受け答えも立派だし、これまで特に事故を起こしたことがあったわけでもないので安心していた。
ただ、一応、事故を起こさないようにと、コンロをIHに変えるなど様々な予防策をとったうえで、家庭訪問も定期的に行っていた。

ところが、ある日、Aさん家から火があがり火事になってしまう。
住んでいたアパートは全焼。Aさんはかろうじて一命は取り留めた。
あれだけ予防をしたのに、よりによってなぜAさんの家が火事になったのか。

原因を調べてみると、Aさんはこう言った。

「寒かったんです。だから、オーブントースターを布団の中に入れて寝ていたんです。そしたら布団に火がついて火事になりました」

市役所の人は、考えられる範囲ですべての予防策をしたつもりだった。
だが、さすがに寒いからと言って、オーブントースターを布団に入れて寝るようなことをするとは思わず、オーブントースターはそのままにしていた。
それが原因で火事になってしまったのだ。

この例からわかるように、事件の多くは、「想定外」のところから起きます。
児童相談所にしても、市役所にしても、マニュアル通りに動いてきちんと対処している。それでも事故が起きてしまうのは、「想定外」のことが、現実の中に起こるからなのです。

同じことは児童虐待においても当てはまります。
厚木市の事件、下田市の事件、足立区の事件、ともに児童相談所が事件前に介入している。
厚木市の事件、下田市の事件の犯人は、仕事の上では本当にちゃんとやっていて評価の高い人たちだった。
にもかかわらず、事件を未然に防げなかったのは、本書でも述べたように、犯人たちが本当に子供たちを「愛」していて、「想定外」の行動をとったからなのです。

足立区の取材をしていた時、区の某関係者がこう語っていました。

「児童相談所は、事件のあった家にくり返し家庭訪問を行い、県をまたいで追跡をしていた。そういう意味では、本当によくやっていたと思う。けど、まさか犯人があんなふうに子供の死を隠しているとは思いもしませんでした」

読んでいいただいた方はわかると思いますが、まさに「想定外」のことが起きていたのです。
齋藤幸裕の住んでいた家、高野愛の妊娠を否定する驚きの言葉、皆川夫婦が子供を隠すためにしたこと……。
しかし、同時にその「想定外」まで未然に防いでいかなければ、なかなか事件を減らしていくことはできません。
それは、自治体や児童相談所のマニュアルにそった取り組みだけではなかなか難しい。
マニュアルの中には「想定外」まで含まれていないからです。だからこそ、違った考え方での取り組みが大切になってくる。
本書を通して、そうした事実も提示できればと思っています。



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以下をご覧ください。
http://kotaism.livedoor.biz/archives/52024240.html