お知らせ
2008年08月09日
休刊&連載
今月発売号から『月刊プレイボーイ』でインドの話を連載することになっていた。
すでにニュースになったので書くが、残念なことに、09年1月号で休刊ということに決まった。そのために、以下のようなことになった。
・集英社の「月刊プレイボーイ」
8月、9月、10月、11月発売号に短期集中連載
(8カ月で連載を予定していた第一章を4カ月でまとめて一挙連載ということ)
これで第一部完結の予定。
・新潮社の某月刊誌(予定)
12月発売ぐらい(?)から連載開始。たぶん、一年ぐらい。
第二章、三章を掲載予定。
これで一冊分の連載となる。
プレイボーイはとても残念だったけど、この一カ月ちょっとの騒動で本当に自分が恵まれていると思った。
人のために真剣に動いていくれる人に出会えるのは幸運だ。僕の場合、そういう人たちに出会える率がとても高い。
月プレの人もそうだった。
僕の本を読んですぐに連絡をくれて連載を決めてくれた。
休刊が決定したら、即座に集英社関連の雑誌に連載を移行できないかどうか打診してくれた。
しかも休刊が決まっているのに「第一部だけでもやろう」ということになり、しかもカラーで倍のページを割いて掲載してくれることになった。その上、連載初回号の特集は「旅の本」である。
新潮社の人も同じだ。
休刊が決まった翌日に連絡があったので、ひと言ポロッと「色々あって困っているんですよー」なんて漏らした。その時は、「じゃー、詳しいことは3日後の食事会の時にー」なんて話だった。もちろん休刊のことすら話してない。
で、3日後に会うと、その方はすでに同社の某誌での連載を打診してくれていた。その後、さらに別の雑誌での連載も可能性があるといってそっちにも話をもっていってくれて、最後はそこで落ち着いた。
結果として、集英社、新潮社で合わせて4つの雑誌に話をもっていってくれることとなり、最終的には苦渋の決断で、新潮社の雑誌に決めることにした。
簡単に、決めてくれた、打診してくれた、と書いているけど、これは大変なことだ。
書けば全部売れるような作家の作品ならともかく、僕のような人間が描く海外の出来事の連載依頼をするのは、とても勇気がいることだ。
僕が失敗したら、その人の社内の信用にまでかかわってくる。よっぽど信頼してくれなければ、そんなことはできやしないのだ。いや、していても、なかなかできることじゃないだろう。
僕は色々と手広く仕事をやっているので、いろんな人に出会っている。
やる気のある人も、てきとーな人も、自己中心的な人もさまざまだ。けど、僕が本気でやりたいと思っている仕事に関しては常にいい人に出会える。
月プレの人だってそうだ。
つい昨日も、徹夜で僕の我儘なゲラの直しを何度も何度も訂正してくれた。
タイトルの検討だってそうだ。何度もみんなで集まった挙句、2カ月後の先日徹夜して、翌日の昼、締切ギリギリのところでまで考え抜いて決めてくれた。
(しかも決まった時、なさけないことに僕は他人任せにして、新潮社の人と打ち合わせをしていた……)
僕の原稿のタイトルなんて、一般の仕事でいえばたくさんある業務の中のほんの小さな一つのことでしかない。そんなことのために、そこまでできるだろうか?
新潮社の人もそう。
僕が赤字でもいいんでアフリカ取材をしてくるといえば、ポケットマネーから餞別だといって大金を払ってくれた。なんと、構成案も何も聞かずにである!
(しかも、僕が断るのを予想して、返せないようにユーロに替えたものをくれた)
その他、この方には、いったいどれだけ業務以外の仕事をしてもらい、さらにいくら自腹を切ってもらったか知れない。
一々挙げていたら、一冊の本になってしまうぐらいのことをしてもらっている。頭が上がらない。僕にとっては、誰が何と言おうと世界一の編集者である。
それは、校閲の人から、書店の方まですべてについて言える。
新潮の校閲の方にはありえないぐらいのことをしてもらったし、書店の店員さんに本当に驚くぐらいのことをしてもらった。
超ベストセラー作家ならともかく、僕のような小物相手にそんなことができる人がどれだけいるだろうか?
いるわけがないのだ。
僕だってそんなことはわかっている。100人いれば、99人はそんなことはしない。
新潮社だって、プレイボーイだってベストセラー作家をごまんと抱えている。普通に考えれば、そっちに時間やページを割いた方が楽だし、簡単なのだ。
しかし、その人たちはわざわざ僕のためにやってくれるのだ。ありがたい。本当にありがたい。それしか言いようがない。
僕は自分に才能がないのはわかっている。ただのキチガイである。
ただ、そんなキチガイを信頼してくれるなら、その人のために精一杯の作品をつくりたいと思う。
別にいくら取材費で自腹を切ろうと、死にそうな目にあおうと、どうでもいい。とにかく、その人の代表作をつくって恩返しをしたい。本気でそう思う。
「熱い」のは嫌いな僕ではあるが、心の底ではそう思うのだ。
追記
2章、3章を掲載する雑誌については後日記します。
まぁ、出版社と媒体を考えれば想像はつくと思いますが。
すでにニュースになったので書くが、残念なことに、09年1月号で休刊ということに決まった。そのために、以下のようなことになった。
・集英社の「月刊プレイボーイ」
8月、9月、10月、11月発売号に短期集中連載
(8カ月で連載を予定していた第一章を4カ月でまとめて一挙連載ということ)
これで第一部完結の予定。
・新潮社の某月刊誌(予定)
12月発売ぐらい(?)から連載開始。たぶん、一年ぐらい。
第二章、三章を掲載予定。
これで一冊分の連載となる。
プレイボーイはとても残念だったけど、この一カ月ちょっとの騒動で本当に自分が恵まれていると思った。
人のために真剣に動いていくれる人に出会えるのは幸運だ。僕の場合、そういう人たちに出会える率がとても高い。
月プレの人もそうだった。
僕の本を読んですぐに連絡をくれて連載を決めてくれた。
休刊が決定したら、即座に集英社関連の雑誌に連載を移行できないかどうか打診してくれた。
しかも休刊が決まっているのに「第一部だけでもやろう」ということになり、しかもカラーで倍のページを割いて掲載してくれることになった。その上、連載初回号の特集は「旅の本」である。
新潮社の人も同じだ。
休刊が決まった翌日に連絡があったので、ひと言ポロッと「色々あって困っているんですよー」なんて漏らした。その時は、「じゃー、詳しいことは3日後の食事会の時にー」なんて話だった。もちろん休刊のことすら話してない。
で、3日後に会うと、その方はすでに同社の某誌での連載を打診してくれていた。その後、さらに別の雑誌での連載も可能性があるといってそっちにも話をもっていってくれて、最後はそこで落ち着いた。
結果として、集英社、新潮社で合わせて4つの雑誌に話をもっていってくれることとなり、最終的には苦渋の決断で、新潮社の雑誌に決めることにした。
簡単に、決めてくれた、打診してくれた、と書いているけど、これは大変なことだ。
書けば全部売れるような作家の作品ならともかく、僕のような人間が描く海外の出来事の連載依頼をするのは、とても勇気がいることだ。
僕が失敗したら、その人の社内の信用にまでかかわってくる。よっぽど信頼してくれなければ、そんなことはできやしないのだ。いや、していても、なかなかできることじゃないだろう。
僕は色々と手広く仕事をやっているので、いろんな人に出会っている。
やる気のある人も、てきとーな人も、自己中心的な人もさまざまだ。けど、僕が本気でやりたいと思っている仕事に関しては常にいい人に出会える。
月プレの人だってそうだ。
つい昨日も、徹夜で僕の我儘なゲラの直しを何度も何度も訂正してくれた。
タイトルの検討だってそうだ。何度もみんなで集まった挙句、2カ月後の先日徹夜して、翌日の昼、締切ギリギリのところでまで考え抜いて決めてくれた。
(しかも決まった時、なさけないことに僕は他人任せにして、新潮社の人と打ち合わせをしていた……)
僕の原稿のタイトルなんて、一般の仕事でいえばたくさんある業務の中のほんの小さな一つのことでしかない。そんなことのために、そこまでできるだろうか?
新潮社の人もそう。
僕が赤字でもいいんでアフリカ取材をしてくるといえば、ポケットマネーから餞別だといって大金を払ってくれた。なんと、構成案も何も聞かずにである!
(しかも、僕が断るのを予想して、返せないようにユーロに替えたものをくれた)
その他、この方には、いったいどれだけ業務以外の仕事をしてもらい、さらにいくら自腹を切ってもらったか知れない。
一々挙げていたら、一冊の本になってしまうぐらいのことをしてもらっている。頭が上がらない。僕にとっては、誰が何と言おうと世界一の編集者である。
それは、校閲の人から、書店の方まですべてについて言える。
新潮の校閲の方にはありえないぐらいのことをしてもらったし、書店の店員さんに本当に驚くぐらいのことをしてもらった。
超ベストセラー作家ならともかく、僕のような小物相手にそんなことができる人がどれだけいるだろうか?
いるわけがないのだ。
僕だってそんなことはわかっている。100人いれば、99人はそんなことはしない。
新潮社だって、プレイボーイだってベストセラー作家をごまんと抱えている。普通に考えれば、そっちに時間やページを割いた方が楽だし、簡単なのだ。
しかし、その人たちはわざわざ僕のためにやってくれるのだ。ありがたい。本当にありがたい。それしか言いようがない。
僕は自分に才能がないのはわかっている。ただのキチガイである。
ただ、そんなキチガイを信頼してくれるなら、その人のために精一杯の作品をつくりたいと思う。
別にいくら取材費で自腹を切ろうと、死にそうな目にあおうと、どうでもいい。とにかく、その人の代表作をつくって恩返しをしたい。本気でそう思う。
「熱い」のは嫌いな僕ではあるが、心の底ではそう思うのだ。
追記
2章、3章を掲載する雑誌については後日記します。
まぁ、出版社と媒体を考えれば想像はつくと思いますが。
2008年06月15日
本の削除&訂正
さて、今日は「物乞う仏陀」の文庫版で収録したハンセン病の話についてご説明します。
この話は、単行本の刊行の際にも用意されていました。
しかし、その中の一部の記載が問題になったのです。文庫版でも削ってありますが、僕がハンセン病の村にいった時に、患者たちの子供にも少なからず同じ病気の人が含まれていたのです。
しかし、今のハンセン病の建前では、ハンセン病は基本的に感染しないものとされています。
(詳しいことは専門書などをご覧ください。ここらへんは非常にデリケートで複雑な問題ですので)
そのため、もし実際にハンセン病患者の子供に患者が含まれていたとしても、ノンフィクションといえどそれを書くのはマズイだろいう、という判断になったのです。
それでこの原稿は初めの段階で用意されていたにもかかわらず、まるごとカットということになりました。
万が一「出版さしどめ」なんてことになった日には目も当てられませんからね。
しかし、いろんな理由から、今回の文庫化に当たってはその話を復活させることにしました。
ただ問題がなくなったわけではありません。従って、収録が決まったとき、問題となった箇所をごっそり削るということになりました。
しかも、その時僕がアフリカに滞在していたため、大幅に書き換えることもできず、とりあえず削ったものをそのまま掲載ということになりました。
もしかしたらそのせいで文章がちぐはぐになっていたり、あるいは流れがうまくいっていない箇所もあるかもしれません。その点については、どうぞご容赦ください。
このほかにも、ハンセン病については、本当に問題が多いですね。
実は、その話の次に収録されているキリスト教関連の施設についての短編でもハプニングがありました。
「聖書」のなかには、むかしからよく引用されていたハンセン病についての記述があります。
ハンセン病患者は衣服を破いて、鈴を鳴らしながら「私は汚れている」といって歩かなければならない、みたいな文章があったんです。
僕はその文章に対応するような形で、ミャンマーにおけるキリスト教系の施設についての短編を書いたのです。
ところが、校了の前夜になって、編集を担当してくださった方から連絡がありました。
なんと「聖書」の記述がいつの間にか変わっていることが発覚したのです。
少し前の「聖書」にはたしかにハンセン病と書いてあるのに、最新版の「聖書」のなかには「ハンセン病」とか「らい病」といった記述が一切なくなり、その代わりにその箇所がすべて「重い皮膚病」になっていたのです。
これには本当に参りました。
重い皮膚病ってなんだよ、って感じですよね。
ハゲでしょうか? 水虫でしょうか?
だったら、僕も衣服を割いて、鈴をならして「私は汚れている」といわなきゃなりません。そんな。。
※とはいえ、これには、いろんな深い議論があります。たとえば以下をご覧ください。
http://www.eonet.ne.jp/~libell/8meisyou.htm
僕は「思い皮膚病」だろうと「らい病」だろいうと、要はそういう歴史があったことが問題なわけで、病名云々の議論じゃないと思っているのですが。
しかし、まぁ、いくらブーブー言っても、聖書からハンセン病という言葉が消えた事実がゆらぐことはありません。
編集を担当してくださった方はこういいました。
<「聖書」の記述が返られてしまっている。「聖書」のなかの差別表現がなくなってしまっているのだ。こうなってしまった以上、本のなかにそれを記すことはできない。万が一文句を言われて出版差し止なんてなることもあるから。前後のバランスはくずれるけど、とにかくこれに関連する箇所を削ったり、書きなおさなければならない。しかし時間がない。数時間後には出さなきゃならない。なので、それらの作業はこっちですべてやっておきます>
仕方ありませんよね。
ただ、ハンセン病が関係するミャンマーの章は次々とこんなことが起こり、削りに削り、書き換えに書き換え、原型をとどめないばかりか、筋すら通らない箇所まででてきてしまいました。
単行本をだしたとき、何度か「あのミャンマー編だけ『浮いている』のはなぜか」といわれましたが、そこらへんに理由があるのです。
まぁ、それでも懸命に調べたことが文章になるのは嬉しいことですね。
どれだけ体裁が悪くなっても、やはり文庫化に際してあの短編が復活したのはうれしいことです。
何よりも、インタビューをしたハンセン病の人たちに「悪いなー」と思っていたので、ようやく恩返しができたというような気持ちでいます。
この話は、単行本の刊行の際にも用意されていました。
しかし、その中の一部の記載が問題になったのです。文庫版でも削ってありますが、僕がハンセン病の村にいった時に、患者たちの子供にも少なからず同じ病気の人が含まれていたのです。
しかし、今のハンセン病の建前では、ハンセン病は基本的に感染しないものとされています。
(詳しいことは専門書などをご覧ください。ここらへんは非常にデリケートで複雑な問題ですので)
そのため、もし実際にハンセン病患者の子供に患者が含まれていたとしても、ノンフィクションといえどそれを書くのはマズイだろいう、という判断になったのです。
それでこの原稿は初めの段階で用意されていたにもかかわらず、まるごとカットということになりました。
万が一「出版さしどめ」なんてことになった日には目も当てられませんからね。
しかし、いろんな理由から、今回の文庫化に当たってはその話を復活させることにしました。
ただ問題がなくなったわけではありません。従って、収録が決まったとき、問題となった箇所をごっそり削るということになりました。
しかも、その時僕がアフリカに滞在していたため、大幅に書き換えることもできず、とりあえず削ったものをそのまま掲載ということになりました。
もしかしたらそのせいで文章がちぐはぐになっていたり、あるいは流れがうまくいっていない箇所もあるかもしれません。その点については、どうぞご容赦ください。
このほかにも、ハンセン病については、本当に問題が多いですね。
実は、その話の次に収録されているキリスト教関連の施設についての短編でもハプニングがありました。
「聖書」のなかには、むかしからよく引用されていたハンセン病についての記述があります。
ハンセン病患者は衣服を破いて、鈴を鳴らしながら「私は汚れている」といって歩かなければならない、みたいな文章があったんです。
僕はその文章に対応するような形で、ミャンマーにおけるキリスト教系の施設についての短編を書いたのです。
ところが、校了の前夜になって、編集を担当してくださった方から連絡がありました。
なんと「聖書」の記述がいつの間にか変わっていることが発覚したのです。
少し前の「聖書」にはたしかにハンセン病と書いてあるのに、最新版の「聖書」のなかには「ハンセン病」とか「らい病」といった記述が一切なくなり、その代わりにその箇所がすべて「重い皮膚病」になっていたのです。
これには本当に参りました。
重い皮膚病ってなんだよ、って感じですよね。
ハゲでしょうか? 水虫でしょうか?
だったら、僕も衣服を割いて、鈴をならして「私は汚れている」といわなきゃなりません。そんな。。
※とはいえ、これには、いろんな深い議論があります。たとえば以下をご覧ください。
http://www.eonet.ne.jp/~libell/8meisyou.htm
僕は「思い皮膚病」だろうと「らい病」だろいうと、要はそういう歴史があったことが問題なわけで、病名云々の議論じゃないと思っているのですが。
しかし、まぁ、いくらブーブー言っても、聖書からハンセン病という言葉が消えた事実がゆらぐことはありません。
編集を担当してくださった方はこういいました。
<「聖書」の記述が返られてしまっている。「聖書」のなかの差別表現がなくなってしまっているのだ。こうなってしまった以上、本のなかにそれを記すことはできない。万が一文句を言われて出版差し止なんてなることもあるから。前後のバランスはくずれるけど、とにかくこれに関連する箇所を削ったり、書きなおさなければならない。しかし時間がない。数時間後には出さなきゃならない。なので、それらの作業はこっちですべてやっておきます>
仕方ありませんよね。
ただ、ハンセン病が関係するミャンマーの章は次々とこんなことが起こり、削りに削り、書き換えに書き換え、原型をとどめないばかりか、筋すら通らない箇所まででてきてしまいました。
単行本をだしたとき、何度か「あのミャンマー編だけ『浮いている』のはなぜか」といわれましたが、そこらへんに理由があるのです。
まぁ、それでも懸命に調べたことが文章になるのは嬉しいことですね。
どれだけ体裁が悪くなっても、やはり文庫化に際してあの短編が復活したのはうれしいことです。
何よりも、インタビューをしたハンセン病の人たちに「悪いなー」と思っていたので、ようやく恩返しができたというような気持ちでいます。
2008年06月10日
『物乞う仏陀』文庫版

物乞う仏陀 (文春文庫 い 73-1)
この度、処女作『物乞う仏陀』が文庫になりました。
文春文庫です。むかしから、「文庫」というものに憧れていたのでうれしい限りです。
とはいっても、実はアフリカにいる間に文庫化が決まり、校正も何もかも全部出版社任せで、僕はちょっとした言葉の訂正ぐらいしかしていないんですが(苦笑)。
文庫化に際しての変更点は以下です。
・ミャンマー編にハンセン病の短編を追加
・表紙の写真を並べ替えた
・誤字脱字の訂正などをした
大きな違いはありませんね。
新しく追加したハンセン病の短編については、後日このブログで簡単にご説明いたします。
2008年06月02日
絵描き
旅行人158号特集グアテマラ旅行人の今年の号がでた。
表紙の絵、素敵じゃないだろうか?
旅行人では、昔からこうした絵がよく紹介されている。
バングラデシュのリキシャの後ろに描かれた絵などもガイドブックで紹介していたっけ。
校正のやりとりをメールでしていたとき、蔵前さんに素敵な絵ですねといったところ「この絵は本当に絵が好きじゃなければ描けないですよ」とおっしゃっていたけど、そのとおりだと思う。
可笑しい絵である。だけど、見る人に可笑しいと思わせるというのはものすごく大変なことである。ちょっとやそっとの才能があってできることじゃない。ものすごい努力を積み重ね、絵に対する愛情をもっていなければできることじゃないのだ。
そういえば、蔵前さんもご自身で絵を描く。
多くの本では、文章とともに絵も載せている。この絵がまたいい。
そういえば、前回紹介した映画監督になった友達も大手漫画雑誌で漫画を描いている。立派な漫画家でもある。
僕は絵を描ける人にあこがれる。
自分の親父が舞台美術家で、絵を描いているのを見て育ってきたからだろうか。
だけど、残念なことに、絵だけはだめである。絵と短距離走と数学だけは、涙が出てくるぐらいヒドイ。
だからこそ、逆に憧れも人一倍あるのだ。
ともあれ、僕も連載の二回目を書いていたりしますのでご興味があれば。
2008年04月29日
ガンダムエースの思い出
コメントに質問がありましたので、こっちに回答を書きます。
「ガンダムエース」という漫画雑誌に、ガンダムの作者の富野由悠季さんとの対談が載っています。
(ただ、僕は海外にいるので確認していません。こちらのブログのコラムで質問をうけて初めて発売日を知りました。3月の一時帰国のときに対談し、先月メールで校正したので、そろそろだとは思っていたのですが→いい加減でスミマセン)
お察しのとおり、富野さんが「神の棄てた裸体」を読んで対談の話をもってきてくれたのです。
富野さんは、一言でいえば、とても誠実な方でした。
あれほど繊細で、やさしくて、気を遣っている方は珍しいと思います。
富野さんといえば、それこそ宮崎駿さんに匹敵するようなアニメ界の「巨人」です。
(一説によると、なんとガンダム市場だけで4兆円にもなるそうです。これは出版業界全体の市場よりもはるかに大きなものです。すごいですよねー)
にもかかわらず、2、3時間の対談の間、ずっと人一倍ライターの方や、角川の編集の方や、カメラマンの方に気をつかっておられたのが印象的でした。自分の子供よりも年齢が離れているような僕に対しても終始敬語で話してくださいました。
正直、どんな一般社会で考えても、あんなに立派な方はそうそういません。
実は、対談する前に知り合いから「相当パワルフな方らしい」と聞かされていました。
たしかに「パワフル」だと思います。
だけど、それは本当に世の中をどうにかしなきゃならないという思いを真剣に抱いているからこそ、自分の繊維のような細くてやわらかい心を隠して、目の前にあるテーマに打ち込まれているからだと思います。しかし、その一方で内面に繊細さとやさしさを抱えている。
そこがものすごく魅力的でした。
ひとつ記憶に残っているのは、富野さんが終始「自分はディスクワークの人間で世の中を知らない。だから外に出ている人に色んなことを教えてもらいたい」と仰っていたことです。
僕は世の中を知るには必ずしも現実的な意味で「外にでる」必要なんてないと思いますし、そもそも富野さんぐらいの人であれば否応にも「外の世界」の方から接触してくることになると思います。
それに外の世界を知らない人があんなに長年にわたって人の心を揺り動かすものをつくれるはずがありません。また、あの方の活動を知っている人なら、あの人ほど外の世界を知っている人も珍しいと思います。
にもかかわらず、いまだに「自分は外の世界を知らない」といい、30歳以上も離れているガキのような僕に対して「教えてください」と敬語でいう。
これは、ものすごいことですよね。
考えてみてください。
一般企業でいえば、本田宗一郎が世界のホンダをつくりあげたあとに、31歳の無名の営業マンに「自分は機械屋なので、営業のことはわかりません。どうぞ営業について教えてください」と頭を下げるようなものですよ。
おそらく富野さんが、人の何倍も真剣に物事にとりくみ、向上心をもって、人の気持ちを考えることができるからこそ、そういう姿勢を貫けるのでしょう。
本当にすごいことです。
正直な話、僕はアニメに詳しくありません。
ぶっちゃけいうと、ガンダムについてはまるで知りません。
しかし、仮に富野さんから「ガンダムの作者」という肩書きをはずしたとしても、上に書いたような意味で、僕は「人」として富野さんほどすばらしい人は滅多にいらっしゃらないと思っています。
「ガンダムエース」という漫画雑誌に、ガンダムの作者の富野由悠季さんとの対談が載っています。
(ただ、僕は海外にいるので確認していません。こちらのブログのコラムで質問をうけて初めて発売日を知りました。3月の一時帰国のときに対談し、先月メールで校正したので、そろそろだとは思っていたのですが→いい加減でスミマセン)
お察しのとおり、富野さんが「神の棄てた裸体」を読んで対談の話をもってきてくれたのです。
富野さんは、一言でいえば、とても誠実な方でした。
あれほど繊細で、やさしくて、気を遣っている方は珍しいと思います。
富野さんといえば、それこそ宮崎駿さんに匹敵するようなアニメ界の「巨人」です。
(一説によると、なんとガンダム市場だけで4兆円にもなるそうです。これは出版業界全体の市場よりもはるかに大きなものです。すごいですよねー)
にもかかわらず、2、3時間の対談の間、ずっと人一倍ライターの方や、角川の編集の方や、カメラマンの方に気をつかっておられたのが印象的でした。自分の子供よりも年齢が離れているような僕に対しても終始敬語で話してくださいました。
正直、どんな一般社会で考えても、あんなに立派な方はそうそういません。
実は、対談する前に知り合いから「相当パワルフな方らしい」と聞かされていました。
たしかに「パワフル」だと思います。
だけど、それは本当に世の中をどうにかしなきゃならないという思いを真剣に抱いているからこそ、自分の繊維のような細くてやわらかい心を隠して、目の前にあるテーマに打ち込まれているからだと思います。しかし、その一方で内面に繊細さとやさしさを抱えている。
そこがものすごく魅力的でした。
ひとつ記憶に残っているのは、富野さんが終始「自分はディスクワークの人間で世の中を知らない。だから外に出ている人に色んなことを教えてもらいたい」と仰っていたことです。
僕は世の中を知るには必ずしも現実的な意味で「外にでる」必要なんてないと思いますし、そもそも富野さんぐらいの人であれば否応にも「外の世界」の方から接触してくることになると思います。
それに外の世界を知らない人があんなに長年にわたって人の心を揺り動かすものをつくれるはずがありません。また、あの方の活動を知っている人なら、あの人ほど外の世界を知っている人も珍しいと思います。
にもかかわらず、いまだに「自分は外の世界を知らない」といい、30歳以上も離れているガキのような僕に対して「教えてください」と敬語でいう。
これは、ものすごいことですよね。
考えてみてください。
一般企業でいえば、本田宗一郎が世界のホンダをつくりあげたあとに、31歳の無名の営業マンに「自分は機械屋なので、営業のことはわかりません。どうぞ営業について教えてください」と頭を下げるようなものですよ。
おそらく富野さんが、人の何倍も真剣に物事にとりくみ、向上心をもって、人の気持ちを考えることができるからこそ、そういう姿勢を貫けるのでしょう。
本当にすごいことです。
正直な話、僕はアニメに詳しくありません。
ぶっちゃけいうと、ガンダムについてはまるで知りません。
しかし、仮に富野さんから「ガンダムの作者」という肩書きをはずしたとしても、上に書いたような意味で、僕は「人」として富野さんほどすばらしい人は滅多にいらっしゃらないと思っています。
2008年04月22日
改めてお願い
かねてから「ハンセン病」「お遍路」「被差別部落」をキーワードに本をつくりたいと考えていました。
時折その旨をホームページやブログで書いているため、各方面から何件かお返事を頂いております。
なかには療養施設でご勤務された経験がある方や、ハンセン病を専門に研究なさっている方からのご連絡などもありました。
本当にありがたい限りです。
これについて少々ご説明したいと思います。
現在、アフリカを中心にした書き下ろしのノンフィクション、インドに焦点にしぼった雑誌連載のノンフィクションを執筆のために海外に滞在しています。
おそらく夏前ぐらいに帰国し、この二つの執筆にとりかかることになるかと思います。
予定では来年の春から夏ぐらいまでに一段落つけるつもりです。
また、これとは別に、2冊ほど単行本と新書の企画が通っています。
こちらは帰国後に打ち合わせをして、スケジュール等を決めていくような運びになりますが、おそらく上記ノンフィクションの執筆とある程度重ねて行うことになると思います。
こうしたことを考えると、来年の春から夏にかけて、現在進行中の仕事にある程度の見通しをつける。
その上で、「ハンセン病」「遍路」「被差別部落」をキーワードにした取材を開始するという流れになるかと思います。
(あくまでも、すべてが順調にいくことが前提ですが)
そこで私の希望を述べさせていただくと、今年の秋から来年の春ぐらいにかけて、上記テーマの取材の下準備をはじめたいと思っています。
希望というか、まぁ、出版社ありきの仕事ですので、大体どこでどれぐらいの取材をするかをあらかじめ決めておかなければならないためです。
このため、これまでご連絡をくださった方々には、すでに上記旨を簡単にご説明し、秋から春にかけての間に当方よりご連絡を差し上げるということになっています。
また、すでにご連絡くださった方とは別に、現在もご協力していただける方を探しています。
もし上記テーマについて何かしらのかかわり、あるいはご関心をお持ちの方で、取材にご協力いただけるようなことがございましたら、ぜひご連絡をいただけないでしょうか。
取材地は四国が中心になる予定ですが、それ以外の地域を舞台にする可能性もありますので、「ハンセン病」「被差別部落」などのテーマにかかわりさえあれば、どんな情報でも頂きたいと思っています。
何卒よろしくお願い申し上げます。
時折その旨をホームページやブログで書いているため、各方面から何件かお返事を頂いております。
なかには療養施設でご勤務された経験がある方や、ハンセン病を専門に研究なさっている方からのご連絡などもありました。
本当にありがたい限りです。
これについて少々ご説明したいと思います。
現在、アフリカを中心にした書き下ろしのノンフィクション、インドに焦点にしぼった雑誌連載のノンフィクションを執筆のために海外に滞在しています。
おそらく夏前ぐらいに帰国し、この二つの執筆にとりかかることになるかと思います。
予定では来年の春から夏ぐらいまでに一段落つけるつもりです。
また、これとは別に、2冊ほど単行本と新書の企画が通っています。
こちらは帰国後に打ち合わせをして、スケジュール等を決めていくような運びになりますが、おそらく上記ノンフィクションの執筆とある程度重ねて行うことになると思います。
こうしたことを考えると、来年の春から夏にかけて、現在進行中の仕事にある程度の見通しをつける。
その上で、「ハンセン病」「遍路」「被差別部落」をキーワードにした取材を開始するという流れになるかと思います。
(あくまでも、すべてが順調にいくことが前提ですが)
そこで私の希望を述べさせていただくと、今年の秋から来年の春ぐらいにかけて、上記テーマの取材の下準備をはじめたいと思っています。
希望というか、まぁ、出版社ありきの仕事ですので、大体どこでどれぐらいの取材をするかをあらかじめ決めておかなければならないためです。
このため、これまでご連絡をくださった方々には、すでに上記旨を簡単にご説明し、秋から春にかけての間に当方よりご連絡を差し上げるということになっています。
また、すでにご連絡くださった方とは別に、現在もご協力していただける方を探しています。
もし上記テーマについて何かしらのかかわり、あるいはご関心をお持ちの方で、取材にご協力いただけるようなことがございましたら、ぜひご連絡をいただけないでしょうか。
取材地は四国が中心になる予定ですが、それ以外の地域を舞台にする可能性もありますので、「ハンセン病」「被差別部落」などのテーマにかかわりさえあれば、どんな情報でも頂きたいと思っています。
何卒よろしくお願い申し上げます。
2008年03月06日
はなし
時々、講演をしろ、という話が来る。
僕なんかビジュアル的によろしくないし、年寄りでもないので何を発言しても説得力に欠ける。
なので、僕なんかが話をしても意味ないんじゃないかなと思うのだが、意外にそういう話がくるのである。
一番多いのが、医療系の施設だろうか。
たぶんアジアの障害者についての本を書いているからだろう。
日本の最先端医療に携わっている人にとっては、180度異なる世界について知りたいという思いがあるのかもしれない。
話の内容については、色々と困ることがある。
本ならば相手が見えないので、何だって書ける。雑誌だって僕が書かせてもらえるような媒体なら相当自由がきくので、そんなこと考える必要はない。
不機嫌になる人は僕の知らないところで不機嫌になっているし、悲しむ人は僕の知らないところで悲しんでいる。
が、実際に人の前で話をするとなると、事情が異なってくる。
たとえば障害者のいる施設で「障害者になると物乞いをせざるをえなくなる」なんて話はしにくい。
まぁ、それはよしとしても、たとえばそうした障害をもった物乞いたちがお互いにレイプし合っていたりする現実も話しにくい。
もっというと、海外への援助金が、現地の人の買春費用に消えているなんて話はNGOなんかじゃしにくい。
話が重いぶん、直接人を前にすると、「いやー、これ以上はマズイかな」と思うことが多々あるのだ。
それに、僕は実際に体験している人間なので、たぶん感覚的には相当ズレていると思う。
この話なら問題ないだろ、と思ってしゃべると、相手がドン引きしていたりする。
女性からデートに誘われて、一流レストランで食事をしている最中に、「いやー、この食事うまいね。先週まで乞食と残飯食ってたからな―。残飯っていうのは、ネズミ殺し用の毒が入っていることがあるんだよ。運悪くそれにあたると死んじゃうんだよね。それに比べ日本の飯は安全で、うまい! 最高!」なんて言おうものなら、食事もデートもジ・エンドである。
講演となると、いわずもがな、である。
そんな時は、一般的に「ジョークでごまかす」という方法がとられる。
だが、講演に参加される方は意外にまじめだったりするので、僕のおっさんギャグが通じないことがしばしばある。
つまらないギャグやくだらないギャグならまだいい。僕の場合、一般社会と接点のない生活を送っているので、自分のギャグがまったく理解されないのである。
「つまんねー」という反応ではなく、ひたすら「?」という反応なのである。こういう視線は痛すぎる。
かなり悲惨なことになる。
ず〜ん、というムードと視線が僕に長らく直撃する。自己嫌悪に陥るしかない。
今回の一時帰国は2週間ほどだが、その間に2回話をすることになった。
初回は医療の専門家だけが集まって聞くもの。もう一つはNGOが主催する講座である。
前者はなんとか平穏無事にクリアした(と思っている)。後者は今週の末にある。
なんとか、うまく終わらせて、再び海外に飛びたいものだが、いったいどうなるのやら。
国境なき子どもたち10周年記念公開講座『シリーズ アジア』
http://www.knk.or.jp/japan/com/event/2007/series_asia.htm
僕なんかビジュアル的によろしくないし、年寄りでもないので何を発言しても説得力に欠ける。
なので、僕なんかが話をしても意味ないんじゃないかなと思うのだが、意外にそういう話がくるのである。
一番多いのが、医療系の施設だろうか。
たぶんアジアの障害者についての本を書いているからだろう。
日本の最先端医療に携わっている人にとっては、180度異なる世界について知りたいという思いがあるのかもしれない。
話の内容については、色々と困ることがある。
本ならば相手が見えないので、何だって書ける。雑誌だって僕が書かせてもらえるような媒体なら相当自由がきくので、そんなこと考える必要はない。
不機嫌になる人は僕の知らないところで不機嫌になっているし、悲しむ人は僕の知らないところで悲しんでいる。
が、実際に人の前で話をするとなると、事情が異なってくる。
たとえば障害者のいる施設で「障害者になると物乞いをせざるをえなくなる」なんて話はしにくい。
まぁ、それはよしとしても、たとえばそうした障害をもった物乞いたちがお互いにレイプし合っていたりする現実も話しにくい。
もっというと、海外への援助金が、現地の人の買春費用に消えているなんて話はNGOなんかじゃしにくい。
話が重いぶん、直接人を前にすると、「いやー、これ以上はマズイかな」と思うことが多々あるのだ。
それに、僕は実際に体験している人間なので、たぶん感覚的には相当ズレていると思う。
この話なら問題ないだろ、と思ってしゃべると、相手がドン引きしていたりする。
女性からデートに誘われて、一流レストランで食事をしている最中に、「いやー、この食事うまいね。先週まで乞食と残飯食ってたからな―。残飯っていうのは、ネズミ殺し用の毒が入っていることがあるんだよ。運悪くそれにあたると死んじゃうんだよね。それに比べ日本の飯は安全で、うまい! 最高!」なんて言おうものなら、食事もデートもジ・エンドである。
講演となると、いわずもがな、である。
そんな時は、一般的に「ジョークでごまかす」という方法がとられる。
だが、講演に参加される方は意外にまじめだったりするので、僕のおっさんギャグが通じないことがしばしばある。
つまらないギャグやくだらないギャグならまだいい。僕の場合、一般社会と接点のない生活を送っているので、自分のギャグがまったく理解されないのである。
「つまんねー」という反応ではなく、ひたすら「?」という反応なのである。こういう視線は痛すぎる。
かなり悲惨なことになる。
ず〜ん、というムードと視線が僕に長らく直撃する。自己嫌悪に陥るしかない。
今回の一時帰国は2週間ほどだが、その間に2回話をすることになった。
初回は医療の専門家だけが集まって聞くもの。もう一つはNGOが主催する講座である。
前者はなんとか平穏無事にクリアした(と思っている)。後者は今週の末にある。
なんとか、うまく終わらせて、再び海外に飛びたいものだが、いったいどうなるのやら。
国境なき子どもたち10周年記念公開講座『シリーズ アジア』
http://www.knk.or.jp/japan/com/event/2007/series_asia.htm
2007年12月01日
ペシャワール
先日、朝日新聞でパキスタンのペシャワールという町についての紹介文が載っていた。
そこに、アフガニスタン難民キャンプが次々とつぶされて、人々が帰還しているというようなことが記されていた。
御存じ、アフガンは30年近く戦乱がつづいた。
そのため、数百万という難民が国境を渡って隣国のパキスタンとイランに逃げた。
(一説には一千万人を優に超すともいわれている)
ペシャワールというのは、その国境の町の一つで、数十万人というアフガニスタン難民が暮らしている。
僕が生まれて最初にした本格的な海外旅行で目にして世界観を覆されたのは、その難民キャンプだった。もう十年以上前のことだ。
これまで、僕は本やらエッセーやらで何度かペシャワールの町について書いてきた。
本でいうと、『神の棄てた裸体』の「兄弟の秘め事」というのが、それである。ただ、「難民」をとりあげる以上、いつか「父と子」をテーマにしたものを書きたいと考えていた。
そうしたところ、旅行人の蔵前さんから「好きなことを書いていいよ」ということでスペースをいただけることになった。それで意気込んで、やらせていただくことにした。
それが以下の雑誌に掲載した「アフガントラックの絵師」という作品だ。アフガニスタン難民の絵師である父と、パキスタンで育ったその子供の話である。枚数でいえば、原稿用紙40枚ほどである。
ご興味があれば、読んで頂ければ幸いです。
旅行人157号インド最奥部グジャラート
そこに、アフガニスタン難民キャンプが次々とつぶされて、人々が帰還しているというようなことが記されていた。
御存じ、アフガンは30年近く戦乱がつづいた。
そのため、数百万という難民が国境を渡って隣国のパキスタンとイランに逃げた。
(一説には一千万人を優に超すともいわれている)
ペシャワールというのは、その国境の町の一つで、数十万人というアフガニスタン難民が暮らしている。
僕が生まれて最初にした本格的な海外旅行で目にして世界観を覆されたのは、その難民キャンプだった。もう十年以上前のことだ。
これまで、僕は本やらエッセーやらで何度かペシャワールの町について書いてきた。
本でいうと、『神の棄てた裸体』の「兄弟の秘め事」というのが、それである。ただ、「難民」をとりあげる以上、いつか「父と子」をテーマにしたものを書きたいと考えていた。
そうしたところ、旅行人の蔵前さんから「好きなことを書いていいよ」ということでスペースをいただけることになった。それで意気込んで、やらせていただくことにした。
それが以下の雑誌に掲載した「アフガントラックの絵師」という作品だ。アフガニスタン難民の絵師である父と、パキスタンで育ったその子供の話である。枚数でいえば、原稿用紙40枚ほどである。
ご興味があれば、読んで頂ければ幸いです。
旅行人157号インド最奥部グジャラート2007年10月04日
写真
POP(ポップ)というのをご存じだろうか。
以下を見てほしい。こういうものだ。
http://www.hontai.jp/pop2006vs.html
このPOP、書店のスタッフがつくるケースがメインだ。
だが、書店に任せていても、なかなかつくってくれない。一店舗にあっても売上にはつながらない。
そのため、出版社が販売促進のためにつくることもあるのだ。
「神の棄てた裸体」でも、出版社の方がPOPをつくってくれた。
裏表あって、一面にお勧めのコメントを書いて、取材写真のサインを入れて貼った。この写真が次のものである。
http://www.kotaism.com/kaminosutetaratai_kinjirareta1.htm
これを書店の人に配っていたところ、なんとこの写真が「作者」だと思われた。
サインしているからなおさらなのだろう。「パキスタンで映した作者の写真」に思われてしまうのだ。
仕方なく、「P60ページより」とかいうコメントを上に入れて、「この写真は俺じゃなくて、取材の写真だぞー」というところをアピールすることに相成った。
しっかし、この写真が僕に見られるとは……
ヒジュラもショックだろうけど、僕もショックである。心外だ。
そういえば、先日ある出版社にいって、取材写真を見せていた。
その中の一枚に以下の写真があった。ヒジュラのボス(グル)が踊っている写真である。
http://www.kotaism.com/kaminosutetaratai_kinjirareta2.htm
出版社の人に「これ、誰?」と尋ねられたので、冗談半分に「現地に暮らすオヤジです」と答えた。
すると、「明るくて、素敵なお父さんですね」と返答された。それ以上、会話がなかったのだが、その人が本当にこの写真の人を僕のオヤジだと思っている可能性は高い。
なぜ、こうなるのだろう……
まぁ、あまり冗談ばかりいってはいけないということか。
(最初のPOPの件では、冗談で何かをしたつもりは一切ないのだが)
あ、そういえば、半年先のことなのだが、NGOの開催するイベントでインドのことについて話をすることになった。
http://www.knk.or.jp/japan/com/event/2007/series_asia.htm
基本的に、僕は人前で「まじめ」な話をするのが苦手である。
昔からの癖で、人を前にすると、冗談を言ったりしなければ気がすまない性格なのだ。
これまで何度か上記のようなイベントで話をすることがあったが、常におちゃらけていた。
しかし、こういうイベントに来る人は真面目な人が多いので、僕が冗談を言っても、シラけることが多い。そうなると、僕の立場はかなり悪くなる……。
もし会場でお目にかかることがあれば、僕がつまらないギャグを言っても、哀れだと思って、笑ってやって下さいませ。
ちなみに、ストリートチルドレン支援団体の開催イベントなので、当日はインドのストリートチルドレンについて話をするつもりです。
※現在発売中の『週刊朝日』に「神の棄てた裸体」の書評が載っています。興味のある方はご覧になって下さい。
以下を見てほしい。こういうものだ。
http://www.hontai.jp/pop2006vs.html
このPOP、書店のスタッフがつくるケースがメインだ。
だが、書店に任せていても、なかなかつくってくれない。一店舗にあっても売上にはつながらない。
そのため、出版社が販売促進のためにつくることもあるのだ。
「神の棄てた裸体」でも、出版社の方がPOPをつくってくれた。
裏表あって、一面にお勧めのコメントを書いて、取材写真のサインを入れて貼った。この写真が次のものである。
http://www.kotaism.com/kaminosutetaratai_kinjirareta1.htm
これを書店の人に配っていたところ、なんとこの写真が「作者」だと思われた。
サインしているからなおさらなのだろう。「パキスタンで映した作者の写真」に思われてしまうのだ。
仕方なく、「P60ページより」とかいうコメントを上に入れて、「この写真は俺じゃなくて、取材の写真だぞー」というところをアピールすることに相成った。
しっかし、この写真が僕に見られるとは……
ヒジュラもショックだろうけど、僕もショックである。心外だ。
そういえば、先日ある出版社にいって、取材写真を見せていた。
その中の一枚に以下の写真があった。ヒジュラのボス(グル)が踊っている写真である。
http://www.kotaism.com/kaminosutetaratai_kinjirareta2.htm
出版社の人に「これ、誰?」と尋ねられたので、冗談半分に「現地に暮らすオヤジです」と答えた。
すると、「明るくて、素敵なお父さんですね」と返答された。それ以上、会話がなかったのだが、その人が本当にこの写真の人を僕のオヤジだと思っている可能性は高い。
なぜ、こうなるのだろう……
まぁ、あまり冗談ばかりいってはいけないということか。
(最初のPOPの件では、冗談で何かをしたつもりは一切ないのだが)
あ、そういえば、半年先のことなのだが、NGOの開催するイベントでインドのことについて話をすることになった。
http://www.knk.or.jp/japan/com/event/2007/series_asia.htm
基本的に、僕は人前で「まじめ」な話をするのが苦手である。
昔からの癖で、人を前にすると、冗談を言ったりしなければ気がすまない性格なのだ。
これまで何度か上記のようなイベントで話をすることがあったが、常におちゃらけていた。
しかし、こういうイベントに来る人は真面目な人が多いので、僕が冗談を言っても、シラけることが多い。そうなると、僕の立場はかなり悪くなる……。
もし会場でお目にかかることがあれば、僕がつまらないギャグを言っても、哀れだと思って、笑ってやって下さいませ。
ちなみに、ストリートチルドレン支援団体の開催イベントなので、当日はインドのストリートチルドレンについて話をするつもりです。
※現在発売中の『週刊朝日』に「神の棄てた裸体」の書評が載っています。興味のある方はご覧になって下さい。
2007年09月21日
「神の棄てた裸体」の写真展示とサイン本
拙著『神の棄てた裸体―イスラームの夜を歩く』(新潮社)についてのお知らせです。
書店での写真の展示が以下で行われています。
紀伊国屋本店(新宿駅)
八重洲ブックセンター(東京駅)
本に掲載していない写真などを含めて10点以上展示しています。
また、各店とも内容のことなるキャプションがついていますので、そちらも合わせてご覧ください。
今後も、「ジュンク堂本店(池袋)」「ジュンク堂新宿店(新宿)」などを初めとした都内の大型書店で続々と写真展示が行われます。
なお、「紀伊国屋本店(新宿)」「紀伊国屋南店(新宿)」「三省堂本店(神保町)」「丸善丸の内(東京)」にて、サイン本を各20冊ずつ販売しています。
(三省堂、丸善丸の内でも、写真の展示を予定しています)
期間や、サイン本の残り冊数については、各書店にお問い合わせ下さいますようお願いいたします。
みなさまのおかげで、書店での反応もよく、いろんな反響があります。
今後、雑誌や新聞などにて書評・インタビュー・グラビアなどが予定されています。随時、HPやブログにてご報告いたします。
ちなみに、いつも御贔屓にしていただいている『旅行人』の蔵前さんがコラムに本の感想を書いて下さっています。(9月20日付)
次号(12月発売)に「峠のすれ違い」という40枚ほどの作品を掲載する予定です。ご期待下さい。
今後ともよろしくお願いいたします
神の棄てた裸体―イスラームの夜を歩く
書店での写真の展示が以下で行われています。
紀伊国屋本店(新宿駅)
八重洲ブックセンター(東京駅)
本に掲載していない写真などを含めて10点以上展示しています。
また、各店とも内容のことなるキャプションがついていますので、そちらも合わせてご覧ください。
今後も、「ジュンク堂本店(池袋)」「ジュンク堂新宿店(新宿)」などを初めとした都内の大型書店で続々と写真展示が行われます。
なお、「紀伊国屋本店(新宿)」「紀伊国屋南店(新宿)」「三省堂本店(神保町)」「丸善丸の内(東京)」にて、サイン本を各20冊ずつ販売しています。
(三省堂、丸善丸の内でも、写真の展示を予定しています)
期間や、サイン本の残り冊数については、各書店にお問い合わせ下さいますようお願いいたします。
みなさまのおかげで、書店での反応もよく、いろんな反響があります。
今後、雑誌や新聞などにて書評・インタビュー・グラビアなどが予定されています。随時、HPやブログにてご報告いたします。
ちなみに、いつも御贔屓にしていただいている『旅行人』の蔵前さんがコラムに本の感想を書いて下さっています。(9月20日付)
次号(12月発売)に「峠のすれ違い」という40枚ほどの作品を掲載する予定です。ご期待下さい。
今後ともよろしくお願いいたします
神の棄てた裸体―イスラームの夜を歩く2007年09月18日
新刊発売『神の棄てた裸体―イスラームの夜を歩く』(新潮社)
新刊の発売のお知らせです。
このたび、新潮社より新しいノンフィクションが刊行されました。
■詳細
『神の棄てた裸体―イスラームの夜を歩く』
発売 新潮社
価格 1575円(税込)
種類 320項、単行本(書きおろし)
詳細 新潮社ホームページ参照
購入 アマゾンはこちらから
■プレスリリース用の紹介文
処女作にして大宅壮一ノンフィクション賞の候補作となった前作『物乞う仏陀』(文藝春秋刊)から約二年。
28歳の著者は、半年以上にわたってイスラーム諸国を旅しました。日本ではなかなか情報を得る機会のないイスラーム教徒の性に興味を抱いたからです。彼らの性の営みはどのようなものなのか。宗教による抑圧とはどれほどのものなのか。そして、それは本当にあるのか。売春宿に住み、置屋で掃除夫として働き、ときにはバーテンダーになり、ヒジュラ(民俗舞踊を舞う男娼)と共に踊る。
ジャカルタ、クアラルンプール、カブール、アンマン、ベイルートといった大都市に足を運びつつ、古い慣習が強く残るバングラデシュやインドの山村、クルド人の国境の村、アフガニスタンの山中へも身を投じていく著者。売春、戦争、おきて、路上生活……その10カ国に及ぶ捨て身の取材は圧巻です。
ベールに包まれたイスラームの最奥に踏み込むべく、ともに暮らし、ともに味わい、ともに笑う。そして、頭ではなく腹で書く。読み手はいつしか著者と共に、その渦に引き込まれていくことでしょう。新鮮な距離感が心地よい、辺境の暗部を描いた未踏の体験的ノンフィクションです。次世代の書き手の躍動を感じていただければ嬉しい限りです。
本書をご高覧の上、ご高評いただけましたら、ご友人様等にご紹介いただければ幸いです。
また、御感想等も随時お待ちしています(メールにてお願い致します)。
今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。
■追記
八重洲ブックセンター(2F)、紀伊国屋本店(1F新刊コーナー)にて、18日より取材旅行の未公開写真の展示を行っています。HPにも公開していない写真も含まれていますので、興味のある方はご覧下さい。
また、新宿紀伊国屋の南店でサイン本を販売しています。今後、本店などでも販売する予定です。詳細は書店にお問い合わせ下さいませ。
神の棄てた裸体―イスラームの夜を歩く
このたび、新潮社より新しいノンフィクションが刊行されました。
■詳細
『神の棄てた裸体―イスラームの夜を歩く』
発売 新潮社
価格 1575円(税込)
種類 320項、単行本(書きおろし)
詳細 新潮社ホームページ参照
購入 アマゾンはこちらから
■プレスリリース用の紹介文
処女作にして大宅壮一ノンフィクション賞の候補作となった前作『物乞う仏陀』(文藝春秋刊)から約二年。
28歳の著者は、半年以上にわたってイスラーム諸国を旅しました。日本ではなかなか情報を得る機会のないイスラーム教徒の性に興味を抱いたからです。彼らの性の営みはどのようなものなのか。宗教による抑圧とはどれほどのものなのか。そして、それは本当にあるのか。売春宿に住み、置屋で掃除夫として働き、ときにはバーテンダーになり、ヒジュラ(民俗舞踊を舞う男娼)と共に踊る。
ジャカルタ、クアラルンプール、カブール、アンマン、ベイルートといった大都市に足を運びつつ、古い慣習が強く残るバングラデシュやインドの山村、クルド人の国境の村、アフガニスタンの山中へも身を投じていく著者。売春、戦争、おきて、路上生活……その10カ国に及ぶ捨て身の取材は圧巻です。
ベールに包まれたイスラームの最奥に踏み込むべく、ともに暮らし、ともに味わい、ともに笑う。そして、頭ではなく腹で書く。読み手はいつしか著者と共に、その渦に引き込まれていくことでしょう。新鮮な距離感が心地よい、辺境の暗部を描いた未踏の体験的ノンフィクションです。次世代の書き手の躍動を感じていただければ嬉しい限りです。
本書をご高覧の上、ご高評いただけましたら、ご友人様等にご紹介いただければ幸いです。
また、御感想等も随時お待ちしています(メールにてお願い致します)。
今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。
■追記
八重洲ブックセンター(2F)、紀伊国屋本店(1F新刊コーナー)にて、18日より取材旅行の未公開写真の展示を行っています。HPにも公開していない写真も含まれていますので、興味のある方はご覧下さい。
また、新宿紀伊国屋の南店でサイン本を販売しています。今後、本店などでも販売する予定です。詳細は書店にお問い合わせ下さいませ。
神の棄てた裸体―イスラームの夜を歩く
2007年09月16日
ホームページ更新
ホームページを全面的に更新いたしました。
新刊『神の棄てた裸体―イスラームの夜を歩く』(新潮社)の内容を盛り込んだものとなっています。
『神の棄てた裸体』は、正式には9月18日の発売です。
個人的には、拙著を読んでからHPの新しいページを参照していただければ、いろんな意味で有意義かと思います。
ちなみに、書店によっては、15日あたりから発売しているところもあります。
連休ということもあり、日数に若干ズレが生じますが、基本的には18日発売とお考えください。
インターネット販売に関しては、アマゾンなどはまだですが、紀伊国屋や新潮社のHPで購入することができます。
もし宜しければ、ご覧下さい。
本の内容などについてのお知らせは、18日に改めて行います。
なお、HPは全面更新したこともあり、色々と誤字脱字などもあるかと思います。
(時間がなく、ほとんどチェックしていません→笑)
もしお気づきの点がございましたら、メールにて教えていただければと存じます。
今後も宜しくお願い致します。
新刊『神の棄てた裸体―イスラームの夜を歩く』(新潮社)の内容を盛り込んだものとなっています。
『神の棄てた裸体』は、正式には9月18日の発売です。
個人的には、拙著を読んでからHPの新しいページを参照していただければ、いろんな意味で有意義かと思います。
ちなみに、書店によっては、15日あたりから発売しているところもあります。
連休ということもあり、日数に若干ズレが生じますが、基本的には18日発売とお考えください。
インターネット販売に関しては、アマゾンなどはまだですが、紀伊国屋や新潮社のHPで購入することができます。
もし宜しければ、ご覧下さい。
本の内容などについてのお知らせは、18日に改めて行います。
なお、HPは全面更新したこともあり、色々と誤字脱字などもあるかと思います。
(時間がなく、ほとんどチェックしていません→笑)
もしお気づきの点がございましたら、メールにて教えていただければと存じます。
今後も宜しくお願い致します。
2007年09月02日
ブログ改訂
改めまして、こんにちは。
予定通り、本日からブログが新しくなります。
改訂にあたって、これまでの記録をいったんすべて削除いたしました。
前から、ブログを書いていて問題がありました。
海外のことなどを書いていると、仕事の内容とダブってしまうのです。
たとえば、あるテーマについてブログで書いたとしますよね。そうなると、仕事でその内容を書けないのです。
ブログは無料で公開しているものです。一方、仕事で書くものはお金を出して買ってもらうもの。だから、それがダブることは基本的に許されません。
なので、ブログをまじめに書けば書くほど、仕事のネタがなくなる(笑)。
かといって、どうでもいいことを、グダグダと書き続ける気にはならない。そこらへんが悩みどころでした。
で、いろんな人と相談した結果、ブログとメールマガジンに分けることにしました。
■ブログ
お知らせ、募集、日々のあれこれ、面白かった本などの情報を発信。あるいはノンフィクション以外でやっている仕事についてなど。
つまり「ノンフィクション」を初めとした仕事の内容とは関係のないことを書きつづる場です。
(海外の内容でも、仕事としてつかうつもりのないことは、こちらで書くこともあります)
■メールマガジン
「ノンフィクション」にもろに関係のある内容。
具体的には、取材ノートのまとめやノンフィクションのテーマについての考察など。
ただし有料にして読者を限定することで、そのまんま仕事にもつかえるようにする(これで小遣い稼ぎをしようとは思っていません。読者がついても、せいぜいHPの維持費を稼げるぐらいでしょう。有料にするのは、読者を限定することで、仕事の「下書き」「下調べ」「準備」としてつかうためです)
新ブログについては、本日より開始。
メールマガジンについては、10月より開始になります(後日詳細を記します)。
ちなみに、これまでのブログの内容は、今月中旬に全面更新する予定のHPのコンテンツとして組み込みました。
なお、ブログの改訂にあたり、アドレスが以下になりました。
http://kotaism.livedoor.biz/
恐れ入りますが、ご了承ください。
追伸
ここ数日いくつかのコメントの書き込みがありましたが、記事の削除とともに消してしまいました。
色々と励ましの言葉をくださって、ありがとうございました。
新刊の本については、今月18日から順次発売予定です。このブログでも追ってお知らせいたします。
予定通り、本日からブログが新しくなります。
改訂にあたって、これまでの記録をいったんすべて削除いたしました。
前から、ブログを書いていて問題がありました。
海外のことなどを書いていると、仕事の内容とダブってしまうのです。
たとえば、あるテーマについてブログで書いたとしますよね。そうなると、仕事でその内容を書けないのです。
ブログは無料で公開しているものです。一方、仕事で書くものはお金を出して買ってもらうもの。だから、それがダブることは基本的に許されません。
なので、ブログをまじめに書けば書くほど、仕事のネタがなくなる(笑)。
かといって、どうでもいいことを、グダグダと書き続ける気にはならない。そこらへんが悩みどころでした。
で、いろんな人と相談した結果、ブログとメールマガジンに分けることにしました。
■ブログ
お知らせ、募集、日々のあれこれ、面白かった本などの情報を発信。あるいはノンフィクション以外でやっている仕事についてなど。
つまり「ノンフィクション」を初めとした仕事の内容とは関係のないことを書きつづる場です。
(海外の内容でも、仕事としてつかうつもりのないことは、こちらで書くこともあります)
■メールマガジン
「ノンフィクション」にもろに関係のある内容。
具体的には、取材ノートのまとめやノンフィクションのテーマについての考察など。
ただし有料にして読者を限定することで、そのまんま仕事にもつかえるようにする(これで小遣い稼ぎをしようとは思っていません。読者がついても、せいぜいHPの維持費を稼げるぐらいでしょう。有料にするのは、読者を限定することで、仕事の「下書き」「下調べ」「準備」としてつかうためです)
新ブログについては、本日より開始。
メールマガジンについては、10月より開始になります(後日詳細を記します)。
ちなみに、これまでのブログの内容は、今月中旬に全面更新する予定のHPのコンテンツとして組み込みました。
なお、ブログの改訂にあたり、アドレスが以下になりました。
http://kotaism.livedoor.biz/
恐れ入りますが、ご了承ください。
追伸
ここ数日いくつかのコメントの書き込みがありましたが、記事の削除とともに消してしまいました。
色々と励ましの言葉をくださって、ありがとうございました。
新刊の本については、今月18日から順次発売予定です。このブログでも追ってお知らせいたします。




