石井光太 − 旅の物語、物語の旅 −

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本日、長編小説『砂漠の影絵』が発売になりました。

これは、イラク戦争における日本人拉致殺害事件を題材に、「テロリスト」「五人の日本人の人質」「人質の家族」の三者の話が交互に合わさって進む国際事件ドラマです。

帯の文は以下です。

2004年、イラク・ファルージャ。「首切りアリ」率いるイスラーム武装組織「イラク聖戦旅団」 に5人の日本人が拉致された。
アリたちの要求は、 自衛隊のイラクからの即時撤退。しかし、 日本政府はこの要求を突っぱねる。日本国内では、人質の「 自己責任論」が巻き起こり、処刑の期日は刻一刻と迫ってくる…… 。
テロリスト集団、彼らはいったい何を考え、 何を目的にこのような組織となったのか?
日本人被害者、テロリストの双方の立場から描かれる、 現実にギリギリまで肉薄したストーリー。 闇に包まれた身代金交渉の実態や、イスラーム過激派組織の内情、 テロリスト一人ひとりの実人生、 そして戦争から遠く離れた私たち日本人の生き様が、 鮮明にあぶりだされる!
この物語は、あなた自身の言い方を大きく左右する。


この小説の構想は、2013年に生まれ、2014年に連載が決定、第一回の原稿が2015年の一月発売の『小説宝石』に掲載されました。
実は、その掲載とほぼ同時に、イラク・シリア内戦におけるIS(イスラム国)による後藤健二氏、湯川遙菜氏の拉致事件が起きたのです。

当初、このテーマで小説を書こうと思ったきっかけは、一つでした。
2001年に起きた9.11は紛れもなく世界の戦争の歴史を変えました。それまでは国家対国家、民族対民族だった戦争の構図が、テログループ対国家と変わったのです。
その歴史上の大きな転換が、どう日本に影響を及ぼしたのか。
それがもっとも顕著に現れたのが、2004年に起きた日本人拉致殺害事件でした。香田証生さん殺害事件です。
ならば、日本人としてどうしてもその歴史を何かしらの形で本に残したい。私はずっとそういう思いを抱いてきました。

ただし、このテーマで本を執筆するならば、どうしてもテロリストの目線を入れなければならない。
日本あるいは、欧米にとってのテロ戦争という目線で描けば、それはテロリスト側が否定している戦争そのものにほかならないからです。
テロリストたちの生い立ち、彼らにとっての戦争の必然性、彼らが外国人を殺す理由、そして、彼らにとって「生きる」とは何なのか。その目線が必要不可欠なのです。

しかし、私自身がテロリストにインタビューをして、それをノンフィクションにすることはできません。
それであれば、これまで私が中東を取材してきた経験をすべて投入して、それを小説として描けないだろうか。
それが本書の執筆の一番の動機だったのです。

そして、本書の連載の開始と同時に起きた、イラク・シリア内戦における日本人拉致事件。
当時、私はNHKのニュース番組のナビゲーターをして、それをテレビの前で報じなければなりませんでした。
しかし、そこにはテロリスト側の目線はありません。欧米からの情報、日本人としての目線、それだけを何十万、何百万人の人につたえなければならなかったのです。
そこで欠けていたのは、テロリスト側の目線でした。

『砂漠の影絵』は、2004年のイラク戦争における日本人拉致殺害事件をテーマにしたものです。
しかし、上記のような理由から、私はこの小説に現代におけるテロ戦争の意味も盛り込まざるを得ませんでした。
それは、時として現実と想像力の戦いであり、時として想像力に現実を宿してくれる力となりました。
そして、一年の連載を経て完成したのが本書『砂漠の影絵』です。

本書は、エンターテイメントとして書いていますが、私がいま、現代に生きる人々にもっとも伝えたいテーマをすべて盛り込みました。
この本を通じて、みなさまが「戦争」「生きる」「家族」「国際関係」「友情」など何か一つのことでも考えていただければ幸いです。



★イベント情報
『砂漠の影絵』の発売に合わせて、フォトジャーナリストの林典子さんとトークイベントをいたします。
●場所 三省堂書店池袋本店(池袋) 書籍館4F イベントスペース「Reading Together」
●日時 1月15日(日曜日) 14時〜(90分)
●条件 書籍購入
●申込 http://ikebukuro.books-sanseido.co.jp/events/1901



今年の11月下旬(おそらく第四週目)に、東日本大震災の6年目のルポを書くために取材をしょうと思っています。
原稿については、『遺体』と同様に、「新潮45」という月刊誌に発表いたします。

今回のテーマは、
「ご遺族(特に未だにご家族のご遺体が見つかっていない)にとっての6年間」
になります。

拙著『遺体』では、見つかったご遺体やご遺族を、いかに町の人が支えたかということがテーマでした。
一方で、現実には、震災から6年が経とうとしている今も、たくさんの犠牲者が見つかっていない状況です。
病死などであれば「喪」というものを通して少しずつ故人の死を受け入れていきますが、遺体が見つかっていない、葬儀ができなかったなど特別な理由から、いまだにそれができない方も数多くいらっしゃるでしょう。

では、そうしたご遺族は、この6年間何を思い、どのように犠牲者を弔い、乗り越えようとしてきたか。あるいは、乗り越えられなかったものとは何なのか。
いわば、「喪」ができない、「喪」すら許されないご遺族が何を思って六年を過ごしてきたかが主題になります。
そうしたことを、直接ご遺族にお会いしてインタビューさせていただきたいと思っています。

今回、インタビューをお願いしたいと思っている方は以下になります。

・ご遺体が見つかっていない方のご家族、ご親戚、ご友人様
・ご遺体は見つかっているけど、発見までに3か月以上の時間が経った方
・ご遺体は見つかっているけど、自分にとっては「喪」が済んでいないという思いを抱いている方
・ご遺体が見つかっているにせよ、いないにせよ、いまだに死を受け入れられない方
・あるいは、インタビューというものを通してご自身のことを語りたい方

予定では、釜石市に拠点を置いて、主に岩手県内の方々にインタビューをしたいと思っています。
(車で移動していますので、釜石市から離れていても問題ありません)
もしこうしたインタビューに応じても構わないという方がいらっしゃいましたら、どうか私のところまでご連絡いただけないでしょうか。
改めて取材の趣旨をご説明させていただいた上で、匿名などのご希望があればお聞きしたいと思っています。

一応、釜石に拠点を置いて岩手県内で取材、と書きましたが、たとえば内陸の盛岡や花巻などにお住いの場合でも、日程を合わせてお目にかかることはできますし、東京近郊であれば上記の日程とは別にご都合の良い日にお目にかかることは可能です。
(たとえば、震災二年目のルポの時は、都内在住の方や、関西在住の方への取材も何度かしました)

従って、まずはご連絡をいただければ嬉しいです。
連絡先は、以下になります。

石井光太
kota_ishii@yahoo.co.jp
もしくは
postmaster@kotaism.com

その際は、以下をお書きいただけると嬉しいです。

・お住まいの場所(インタビュー可能な場所)
・家族構成と、犠牲になった方との関係(犠牲者が親戚やご友人であっても構いません)
・インタビューにあたってご希望されること

何卒よろしくお願いいたします。

『「鬼畜」の家〜わが子を殺す親たち』(新潮社)の発売に合わせて、二つのトークイベントを行います。


●9月2日(金)

場所 三省堂書店池袋本店
時間 19時〜
費用 無料
条件 同店での『「鬼畜」の家』の購入、あるいは購入予約。
相手 相場英雄さん(小説家、経済ジャーナリスト)
詳細 http://ikebukuro.books-sanseido.co.jp/events/1382

相場英雄さんが聞き手になってくださいます。
相場さんは数々のミステリを書かれている上に、記者として活躍していた経歴もお持ちです。
様々な角度から虐待、あるいは取材というものについて一緒にお話をしていきたいと思います。


●9月11日(日)

場所 紀伊國屋書店新宿本店
時間 15時〜
費用 1000円
相手 清水潔さん(ジャーナリスト)
詳細 https://www.kinokuniya.co.jp/c/store/Shinjuku-Main-Store/20160821100000.html

こちらは、清水潔さんのベストセラー事件ノンフィクション『殺人犯はそこにいる』の文庫化記念も兼ねたイベントになります。清水さんはほかに『桶川ストーカー事件』という名作も書いてらっしゃいます。
二人で「殺人事件取材」について語りたいと思っています。
ちなみに、清水さんとは『殺人犯はそこにいる』の出版の際、対談の電子本をだしたことがあります。→『対談 殺人犯はそこにいる


相場英雄さん、清水潔さんという、超一流の書き手との「殺人事件対談」になります。
このテーマで、この方々と、しかも事件取材の内容をつぶさに話すのは、めったにないことだと思います。
事件について、虐待について、取材について、知りたい方は、ぜひ、ご来場ください。

『「鬼畜」の家」〜わが子を殺す親たち』の発売が残すところあと二日になりました。
(都内の大型書店とかは、明日ぐらいからならびはじめるかもしれません)

今回の本は、主に虐待によって親が子供を殺した三つの事件を取り上げています。
これら親が自分の子供を殺害するというショッキングな事件は、いずれもマスメディアによって大々的に報じられました。

今回はそれらの事件は何だったのかということを知っていただくため、事件のニュースをご紹介いたします。
マスメディアが報じたニュースは次の通りです。


厚木市幼児餓死白骨化事件(ネグレクト)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201510/CK2015102302000136.html

下田市嬰児連続殺害事件(嬰児殺し)
http://www.sankei.com/region/news/150526/rgn1505260051-n1.html

足立区ウサギ用ケージ監禁虐待死事件(身体的虐待)
http://www.sankei.com/affairs/news/150530/afr1505300004-n1.html

ただし、事件によって起きたことは表面的な事象にすぎません。
事件のあった家庭を三代までさかのぼると、報道ではわからなかった事実が明らかになってきます。

彼らは本当に「鬼畜」なのか。
なにが、彼らを殺人者にさせたのか。

殺人事件におけるもっとも重要な問いに、この三つの事件を通して向き合いたいと思っています。

なお、この本に発売に当たって三省堂書店池袋本店でトークイベントが開催されます。

場所 三省堂書店池袋本店
日時 9月2日 19時〜
条件 書籍の購入
詳細 http://ikebukuro.books-sanseido.co.jp/events/1382

なんと、小説家の相場英雄さんが聞き手役になってくださいます。
実は、相場さんとは5年くらい前に知り合いました。ある編集者に紹介され、四谷で飲んだのです。
たしか東日本大震災があったばかりの頃で、相場さんも精力的に取材されていて、そういう話になったのを覚えています。
相場さんは拙著『遺体』をあちこちで薦めてくださり、その後、相場さんが『共震』という震災をテーマにした小説を出した時は、私が解説を書かせていただきました。
相場さんは元時事通信の記者で、あらゆる取材にものすごく詳しい方です。
二人で、拙著を題材に、事件とは何か、取材とは何かということを語りたいと思っています。
どうぞよろしくお願いいたします。





フォトジャーナリストの安田菜津紀さんと、JIM−NETさんと行う新プロジェクトが、来週8月1日(月曜日)からスタートします。

安田さんと会ったのは、7年ぐらい前かな。
たしか、あるNGOの人から、安田さんが連絡先を知りたがっているので教えていいか、と言われてOKしたんだと思う。
それで、連絡が来て新宿の酒屋で会ったのが最初。

僕は何人か編集者をつれて、安田さんは今の旦那さんと一緒に来たと思う。
で、ピーチクパーチク話をした。話の内容は覚えてないけど、僕が酔っ払ってある企画を提案した。そしたら、翌日、安田さんから連絡があって、いろいろと考えたけどやはりこれは自分にはできない、と言われた記憶がある。
まぁ、僕と安田さんは、物の見方や世界観がまったくちがうので、さもありなん、と思っただけだけど、それ以上に、二十代の前半なのに自分のスタンスをしっかり持っててブレない子だなー、と感じた記憶がある。この子は、絶対にうまくいくな、と直感した。

その後、東日本大震災が起きた後に、「写真やるなら、一日でも早く東北へ行けー」と連絡したり、結婚したと聞いて盛岡でメシを食ったりはしたが、たまーに会うぐらいで仕事の話には結びつかなかった。

それがひょんなことから、今回のプロジェクトの事務局の古田さんという、元JICAの広報誌の編集長と仲良くなったのをきっかけに、また安田さんと時々会うようになった。そして去年、日本に海外の貧困の現場を再現しようという話になり、今年初めにそれをVRでやろうということで一致した。
それからいろんな方が協力してくれることとなって、今回のプロジェクトがはじまったのである。

ここらへんの詳しいエピソードは、8月3日の安田さんが担当しているラジオ番組に僕が出演して話すし、8月20日(恵比寿)、8月28日(鎌倉)のイベントの時にでも話す予定。

イベントの詳細
http://kotaism.livedoor.biz/archives/52021662.html

ともあれ、初めはクラウドファンディングでやろうとは思わず、某企業のお金でやろうと思っていた。
けど、著作権を取られてビジネス化されるより、いろんな形で自由に人が映像をつかえて広められるようにした方がいいのではないかという話にもなって、今回の運びとなった。

スタートは、8月1日。

まったくもってどうなるかわからないけど、僕も安田さんも、日本の人たちに「世界の現状を体感してもらいたい」という思いは一緒。
そのために、イラクという舞台で、JIM−NETさんと一緒に、それをつたえる活動をしたいと考えています。
クラウドファンディングの期間は約二カ月。不明点がありましたら、恵比寿や鎌倉のイベントで直接説明いたします。
可能ならば、ご協力ください。

・クラウドファンディングページ
https://readyfor.jp/projects/sekaimedialabo

二年ぶりのノンフィクション『「鬼畜の家」〜わが子を殺す親たち』(新潮社)の予約が開始されました。
三つの事件のオムニバス事件ルポで、取り上げているのは自分の子供を殺害した親たちです。なぜ親はわが子を殺さなければならなかったのか。
ネグレクト、嬰児殺し、身体虐待の三つの異なる事件を二年間かけて徹底的に取材しました。

「厚木市幼児餓死白骨化事件」(ネグレクト)
未熟な夫婦が3歳の子をアパートに二年間以上にわたって放置。子は「パパ、パパ」と呼びながら絶命。遺体は7年間放置された。

「下田市嬰児連続殺害事件」(嬰児殺し)
奔放な男性遍歴の果てに妊娠を繰り返した一人の女性。彼女は自宅で出産した嬰児を二度にわたってひそかに殺害し、遺体を天井裏や押入れに隠した。

「足立区ウサギ用ケージ監禁虐待死事件」(身体虐待)
夫婦が3歳児をウサギ用ケージに正座させて閉じ込めた末に死亡させた事件。遺体はまだ見つかっていない。2歳の次女には犬の首輪をつけていた。

この本のテーマは、ひたすら残酷性を追うものではありません。
事件の加害者である親は、みな一様に「子供を愛していた」「大切に育てていた」と語っているのです。それが、なぜ殺害に至ったのか。
愛とは何か。
育児とは何か。
そうしたことをテーマに考えていく、ヒューマン・ノンフィクションです。





今日から、児童書シリーズ「きみが世界を変えるなら」が三巻同時発売です。
対象年齢は、小学校高学年〜高校生。三巻ありますが、一冊ごとにテーマがちがっていて、バラバラに読むことが可能です。

これは、三、四年前から本格的に手掛けてきた児童書の集大成です。
ここ十年ほど、小学校、中学校、高校といった、若い子どもたちのいる前で、講演会や特別授業をする機会に恵まれてきました。
そこで痛感したのが、多くの子どもが社会の価値観の中で、窮屈な思いをしながら、こうしたい、ああしたいということを声を大にして言えず、黙って生きている姿でした。
そんな子どもたちに、自分の価値観で生きていいんだよ、自分の思いを言葉に出していいんだよ、世の中は変えていいものだし、君には変えていけるだけの力があるんだよ、ということを伝えたかった。
そういう思いを、『ぼくたちはなぜ、学校へ行くのか。』の編集者にぶつけたところ、本にして三冊いっぺんに出そうということになったのです。

とはいえ、ぼくはこの本を書くにあたって、ひとりよがりの本にしたくはありませんでした。
世の中には、大勢の人生の先輩がいます。中学生の時に、自分の物語を見つけ、形にしていった先輩。言葉を武器に人生を切り開いていった先輩。そして、12歳、13歳で世界を改革していった先輩。
ぼくは、こういう先輩たちの小学生時代〜高校時代までの生き方を紹介することで、言葉を武器にして生きる方法、自分の価値観で生きる方法、世の中を変えていく方法を、子どもたちに伝えたいと思ったのです。


シリーズ  惴斥佞鯢雋錣吠僂┐董

言葉には人生を変えるだけの大きな力があるというのがテーマです。
子どもはさまざまな困難に直面しますが、その時に力となるのは言葉です。人生の先輩たちは、言葉でもってどうやって困難を乗り越え、人生を素晴らしいものにしていったのか。
言葉を武器にして生きることで、困難を乗り切る方法を考えていきます。
(先輩=イチロー選手、本田圭介選手、トム・クルーズさん、はるな愛さん、小栗旬さんなど)
※先輩には、この本に登場してもらうことに同意してもらっています




シリーズ◆慇こΔ魏革した子どもたち』

子どもだって世の中を変えることができます。
実際に、マララさんのように、戦争や貧困をなくそうと立ち上がって世界を変えた子供はたくさんいます。
日本の小学六年生の女の子をはじめ、カナダの小学生、インドの児童労働者、フィリピンのストリートチルドレンが、どうやって世界を変えたのかを紹介しながら、子どもの力について考えていきます。
(先輩=柴田知佐さん、マララ・ユスフザイさん、クレイグ・キールバーガーさん、クリス・ケズ・バルテズさん、オム・プラカシュ・グルジャルさんなど)




シリーズ『「わたしの物語」を生きる』

社会の価値の中で肩身の狭いを思いをして生きる必要はありません。
子どもには、子どもならではの価値観がある。社会の物語の主人公になるより、自分の物語の主人公として生きていってほしい。
歌手、選手、学者、社長、いろんな人たちがいろんな「わたしの物語」を見つけ出しました。
彼らの子ども時代を振り返りながら、その方法を考えていきます。
(先輩=Fukaseさん、小林快次さん、T−PABLOWさん、アジャコングさんなど)




拙著『蛍の森』が文庫になりました。新潮文庫です。
二年半前に単行本として上梓したものの文庫化です。

以下、メディアで紹介されてる『蛍の森』の記事の一部です。

・朝日新聞
http://book.asahi.com/reviews/column/2014012200003.html
・SAPIO
http://www.news-postseven.com/archives/20140210_236240.html
・週刊文春
http://shukan.bunshun.jp/articles/-/3594

その他、読売、産経、毎日でも書評で取り上げられました。ご参考まで。

いよいよ、新刊『浮浪児1945− 戦争が生んだ子供たち』(新潮社)の発売が近づいてきました。
正確な発売日は、8月12日です。アマゾンなどではすでに予約も受け付けております。

すでに一部告知していますが、この本の刊行イベントとして、現在以下の二つを予定しています。
二つのイベントの内容は、それぞれまったく別です。1は、戦後の浮浪児とともに生きてきた施設の女性と私が対談しながら浮浪児たちとの実体験を直にお聞きする会であり、2は、僕が書籍の執筆の際に集めた映像、写真、文集などを実際にお見せしながら浮浪児とは何だったのかという全体像をお話しする会です。


1、『浮浪児1945-』刊行記念・石井光太トーク
    石綿裕さんに聞く「終戦直後の子供たち」


  8/9 (土) 15:00 - 16:30
  会場 上野・下谷神社

  戦後の浮浪児たちが流浪した末にたどりついた孤児院(旧)「愛児の家」。
  ここには、100人を超す浮浪児たちが戦後共同生活を送っていました。ここの院長の娘であり、
  12歳の時から浮浪児たちと寝起きをともにし、以来約80年間施設の変遷・浮浪児たちの人生を
  見てきた女性に、石綿裕さん(現在も愛児の家に勤務)がいらっしゃいます。
  『浮浪児1945−』にも登場する女性です。
  彼女に戦後の浮浪児との思い出、孤児院での暮らし、その後の浮浪児たちの人生について、石井光太
  と対談形式で語っていただきます。
  浮浪児たちの70年を同じ目線で見てきた方の貴重な証言です。

  ●申し込み
  http://peatix.com/event/45616/published
  ※チケット代には『浮浪児1945−』一冊が含まれます。(本イベント限定の先行発売です)


2、上野駅の浮浪児たちの証言 − 戦後ノンフィクションから語る彼らの実態とその後

  8/23(土) 13:00-14:30
  会場 朝日カルチャーセンター 新宿教室

  朝日カルチャーセンターにて、石井光太が取材で集めた資料(上野地下道の映像、浮浪児の写真や
  文集)などをお見せしながら、浮浪児の全体像についてご説明いたします。
  ここでご紹介する映像や文章は、基本的には単行本にも未掲載のものになります。
  当時の実際の資料から、浮浪児たちがどんな境遇で、何を思い、どんな暮らしをしていたかということに
  ついて知っていただければ幸いです。

  ●申し込み
  http://www.asahiculture.com/LES/detail.asp?CNO=251840&userflg=0
  ※書籍はついていませんが、会場で販売も行なっています。


来年で戦後70年。集団的自衛権の問題について考えることを余儀なくされている今だからこそ、歴史から葬りさられた浮浪児たちの足跡を追うことで、戦争とは何なのかということをお考えいただく機会にしていただければ幸いです。


浮浪児scan300


2009年から取材してきた、太平洋戦争後の上野駅の地下道や闇市に集まった「浮浪児」たち。
昨年まで「新潮45」で連載してきたこの作品が、今年の八月の中旬に新潮社より単行本として発売されます。
ぼくが3.11以来、もっとも力を入れてきたノンフィクション作品です。

本作の発売を記念して、朝日カルチャーセンター新宿教室で、浮浪児に関する講演会を行います。
単行本の中には未収録の話はもちろんのこと、当時の浮浪児たちが書き綴った手書きの体験記、児童福祉施設(当時・孤児院)に残されていた写真など、決して表には出てこない資料を公開しながら、一時間半戦争が生み出した孤児たちが「浮浪児」としていかに生きてきたかについてお話いたします。

以下が要綱です。
お申込みは、朝日カルチャーセンターのホームページ、もしくは電話にてお願いいたします。

■講演タイトル
上野駅の浮浪児たちの証言 − 戦後ノンフィクションから語る彼らの実態とその後

■日程
8/23(土曜) 13:00-14:30

■費用
会員 3,024円
一般 3,672円

■場所
朝日カルチャーセンター新宿教室
http://www.asahiculture.com/shinjuku/access.html

■講演概要
ノンフィクション作家・石井光太が5年の取材を経て、太平洋戦争のあと上野駅 の地下道を中心に暮していた「浮浪児」と呼ばれる戦災孤児たちについての単行本を上梓しました。
東京大空襲の後から朝鮮戦争勃発までの五年ほどの間、浮浪児たちは闇市で働いたり、靴磨きをしたり、スリや恐喝までして戦後の混乱期を生き抜きました。
生き残った浮浪児の証言や、彼らが残した貴重な写真や手記をもとに、戦後の浮浪児たちの実態と、その後の人生までを明らかにします。

■申し込み
http://www.asahiculture.com/LES/detail.asp?CNO=251840&userflg=0




『世界「比較貧困学」入門――日本は本当に恵まれているか』をPHP新書から刊行しました。

よく日本は「貧困大国」だと言われます。
しかし、日本には膨大な食べ物、膨大な商品、そしてさまざまな福祉制度があります。
アタマでは「日本の貧困」の意味がわかっていたとしても、少なくともアフガニスタンやソマリアの貧困と比べて本当に「貧困大国」なのかどうか実感がないというのが多くの人の思いではないでしょうか。

日本の貧困が何なのかを把握するには、海外の貧困との比較は避けられません。
途上国にある「絶対貧困」に照らし合わせると、日本の「相対貧困」はどのような実態を持っているのか。そして、その意味で何を貧困と捉えるのか。
そうした考え方が不可欠なのです。

本書ではそうした意図のもと、

1、住居
2、路上性生活
3、教育
4、労働、
5、結婚
6、犯罪、
7、食事
8、病と死

の8つの側面から両者を照らし合わせ、「貧困」の意味を考えます。

貧困は国や地域によって、あり方がまったく異なります。
だからこそ、異なるものを比べてみて、はじめてその特性が明らかになるものです。
そういう意味で、途上国の貧困を「絶対貧困」と定義し、日本の貧困を「相対貧困」と定義して両者を比べて、それぞれの特性を浮き彫りにした本書は<比較貧困学>というべきものの入門編と考えています。

書店等でお見かけになったら、ぜひお手に取っていただければ嬉しいです。

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文芸誌『小説トリッパー』(朝日新聞出版)にて、新連載「世界の産声に耳を澄ます」がはじまります。

世界各地の出産現場に赴き、「子供を産むとは何か」「子供を育てるとは何か」ということについて考えていきたいと思います。
海外を舞台にしたお産ルポですね。

最近は国内ルポが多かったですが、久々の長編海外ルポです。
季刊の雑誌ですが、手に取っていただければ嬉しいです。




『遺体』が新潮文庫として発売されました。

2011年の秋に出した単行本の文庫版です。
文庫版では、「文庫版あとがき」として、登場人物たちのその後についても少しふれました。

震災から三年が経ちます。
時の流れとともに、震災の受け止め方も変わっていくでしょう。
しかし、あの時、震災の悲しみが集まった場所≪遺体安置所≫で、どれだけ多くの人々が何を見て、何を思い、そして職員たちはどういうふうに働いていたのかということを、今もう一度見つめていただければ嬉しいです。

なお、『遺体』の続編とも言うべき『「遺体」それからの物語』は、電子書籍での販売になります。
アプリをダウンロードしていただければ、スマートフォンでも読めますので、「釜石の震災後」の記録も併せてお読みいただければ嬉しいです。

朝日カルチャーセンター二月講座のお知らせです。
二月一日、十五日と、二コマ×二日間で「ノンフィクションの作り方」の講座を行います。
以下が概要になります。
文章だけに限らず、写真や映像、そして出版全体に通じる話をしますので、ご興味のある方はご参加下さい。


■講座要旨
世界の現実を切り取り、作品化された書籍を「ノンフィクション」と呼びます。
どのように現実を切り取ればいいのか、事実の奥にある真実を見つける方法とは何か、いかにして取材が行なわれているのか、取材した材料をどのように作品化するべきなのか、作品はいかにして発表されるのか。
ノンフィクションの発想から取材法、そして発表までの方法を事細かに説明します。
本講座は、ノンフィクションを中心に話を展開しますが、新聞やテレビといったマスメディアのジャーナリズム、写真家のフォトジャーナリズム、テレビにおけるドキュメンタリーとも通底するものがあります。学生から社会人までが、広い意味で「メディア報道とは何か」を考え、最後に自分のテーマを持ち帰る内容にします。(講師・記)

■2月1日の内容
・ノンフィクションとは何か
ノンフィクション、ジャーナリズム、ドキュメンタリーの方法論。メディアごとの特徴。作品発表の仕方。業界の現状。
・取材の方法
日本、海外における取材の方法。どのように人にアプローチし、話を聞き、作品にしていくか。取材費の問題。
 
■2月15日の内容
・テーマと作り方
テーマの見つけ方。取材で培ったものをいかに作品として作り上げるのか。作家論。デビューまでの道のり。
・企画をつくってみよう
これまでの講義を踏まえ、それぞれご自身のテーマ・企画をつくる。他にない企画をいかに練り上げるか。

■HP詳細&申し込み
http://www.asahiculture.com/LES/detail.asp?CNO=230490&userflg=0


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大島青松園


『蛍の森』に登場する療養所には、ほぼ名称だけ変えただけのモデルとなった場所がいくつも登場する。

その一つが大島青松園である。小説中では「天島青木園」と記しているが、この島の地理、収容規模などはほぼ実在のままだ。
また物語中の療養所内での逸話も、実際の入所者から聞いた話を元にしている。

大島青松園についての資料は多数あるが、入所者の方々の回顧録『島に生きて―ハンセン病療養所入所者が語る』がもっとも詳しいかもしれない。
その他、ネットで手軽に読める入所者の回顧はいくつかある。その一つでは、『蛍の森』がテーマとして扱った「遍路をするハンセン病」のことにも触れられている。以下をお読みいただきたい。


昔はハンセン病を発病すると家を出て、あるいは出されて各地の神社仏閣などへ集まり放浪生活を余儀なくされました。
四国の場合は八十八カ所のお寺を廻ったようです。一般のお遍路さんは一回りすれば家へ帰りますが、ハンセン病の者たちは何回まわっても帰る家はなく、死ぬまで回り続けなくてはなりませんでした。
そうなると心が荒れるのは仕方のないことで、喧嘩も多かったようですし、中には悪事をはたらく者さえいたようです。
開園当初はそうした者たちを主に強制収容したのですから、園内の空気が良いはずはありません。

そこで国はその緩和策の一つとして、結婚を奨励したのです。
ただし、この結婚には絶対の条件が付いていました。国は子どもを絶対に産ませない方針でしたから、それに従って結婚前、男性に断種手術を強制したのです。
これは、人権を無視した本当にひどい話でしたが、当時は黙って従うしかありませんでした。
また、園内の結婚は一般社会の幸せな結婚にはほど遠いものでした。結婚した後も昼間は男性女性それぞれ自分の部屋で過ごします。
男性が夕食を食べずに、奥さんの部屋へ持っていって、一緒に食べ、夜を過ごした後、朝二人でお茶を飲んで、男性は朝食の時間までに自分の部屋に帰るといった毎日でした。
女性の半数くらいは結婚していましたから、夜は24畳の部屋に6組くらいの夫婦と6人くらいの独身者が一緒に寝ていました。何か大事な話をするときは山や海岸へ二人で行って話しました。

引用リンク
http://www.mers.jp/old/newsletter/no_05/05.hansen1.htm


いかがだろう。
すでに『蛍の森』をお読みいただいた方は、既視感のようなものを覚えるのではないだろうか。
遍路をしている最中につかまったハンセン病患者たちの多くは、もっとも近い療養所の一つである大島青松園に収容されていたのである。

こうしたこともあり、大島青松園には、八十八ケ所の札所を模した石仏がある。
療養所の収容された後も「遍路をして回復や来世の幸せを願いたい」というハンセン病患者の要望に応えて石仏に札所のお寺の名前が記されたものが八十八も置いてあるのだ。
この島から出られないと知ったハンセン病患者たちは、どんな思いで八十八の石仏を前に手を合わせていたのだろう。

石仏画像
http://tabiseto.com/ohshimamini88.html


また、登場人物の一人が亡くなった松の木がある。
これも島のフェリー乗り場のすぐ近くに実際にあるものだ。
もともとは「墓標の松」といって源平合戦で敗れた平家の武たちの骨を埋めたものだったという。
だが、この島がハンセン病の療養所となったあと、一部のハンセン病患者たちがこの松の木の枝に縄をかけて首をつって自殺したことがあったそうだ。
取材中にその話を関係者から聞き、私はその光景を『蛍の森』のワンシーンとして描いたのである。

墓標の松画像
http://tabiseto.com/ohshimabohyonomatsu.html


また、舞台となったカッタイ寺は、雲辺寺の近くにあるという設定になっている。
雲辺寺もまた実在のものであり、六十六番の札所として定められており、八十八の札所の中で最も標高の高い場所にあるとされているお寺である。
山の奥まで来るまで行き、さらにそこからロープウェイで行かなければならない札所だが、ロープウェイができるまでは密林の山道を歩きながら行っていたのである。

雲辺寺HP
http://www.shikoku-cable.co.jp/unpenji/tera.htm


このように『蛍の森』には現実と交差する光景が数多くちりばめられている。
もし高松へ行ったついでに大島青松園に寄ってみてはいかがだろうか。
学生の社会科見学はもとより、一般の方も受け入れている。高松市内からであれば、半日で見て帰って来られるので、日本の「過去」ときちんと向き合ってみるのもいいかもしれない。



大島青松園
http://www.hosp.go.jp/~osima/index.html




『蛍の森』(新潮社)が、本日発売になりました。



■作品内容
その森は国に棄てられた者が集う場所――
四国の山村で発生した謎の老人連続失踪事件。
容疑者となった父親の真実を探るべく、私は現場へと向った。だが、そこに待っていたのは、余りにも凄絶な「人権蹂躙」の闇だった……
いま蘇る、理不尽な差別が横行した六十年前の狂気。
人はどこまで残酷になれるのか。救いなど存在するのか。
長年の構想を結実させた情念の巨編!  ノンフィクションの旗手が挑む慟哭の社会派ミステリー!


本書は、私が10年来温めてきたテーマであり、二年間をかけて全力で取り組んだ本です。
実際、私はこのテーマについて20代のころから取材をしたり、資料集めをしたりしてきましたし、 『小説新潮』での連載が決まってから、つまり『遺体』を書き上げた後の二年間はほぼすべてこれに注力していたといっても過言ではありません。

テーマの詳細については、また追って書き記します。
ただ、なぜこのテーマだったのかについて言及すれば、それが日本史上最大級の「差別」であり、「人権蹂躙」の歴史だからです。
そして、ここで描いた人々が、日本の差別の歴史から抹殺されたかのように語られてこなかった人々だったからです。
なんとか、この人たちの姿を描きたい。このまま歴史に消されるのではなく、形として残したい。いや、残さなくてはならない。
そんな思いがあり、様々な試行錯誤の結果社会派ミステリーという形で描くことにしました。逆に言えばそういう形でしか描けないことが数多くあったからです。
(その詳細については、後日このブログで書いていきたいと思います)

いずれにせよ、これは私にとって全身全霊を傾けた、第二の処女作ともいうべき作品です。
どうか手に取って一読をお願いできれば嬉しいです。

いま、新書の市場は、飽和状態です。
が、その新書市場に、児童書の老舗ポプラ社が参入。
9月18日をもって、創刊シリーズを発売。11月からは毎月定期刊行します。

その中で、僕の本も創刊シリーズに入っています。
「世界の美しさをひとつでも多く見つけたい」
というタイトルです。
僕の半生を描きつつ、極限状況の中からいかに「感動」を見つけ出し、その「感動」を一つの文学として表現していったかという体験を書いています。
僕の本を読んだことのない人に向けて、あるいは石井とは何ぞやと思っている人に向けて、「感動の探し方」というテーマで書いた本です。
すでに発売予約が開始されていますので、宜しければお手に取ってみてください。



なお、この創刊を記念して、「創刊ドキュメント」を書きました。
ポプラ社の新書創刊に携わった編集者や社長にインタビューをして、ポプラ社としては「書いてほしくないこと」満載の連載です。
(おいおい、ポプラ社で本を出すのにこんなこと書いてだいじょうぶか、という話も)
毎日(営業日)更新、全10回にわたって書きますので、宜しければご覧ください。どのようにシリーズが創刊され、編集者や筆写がどのような気持ちで、どのようなことに巻き込まれて本が出ていくのかがわかると思います。

ポプラ新書創刊カウントダウン集中連載

そろそろ夏が終わる。

夏というのは、あまりの暑さで頭があまり働かない。
文章を書くにはあまり適した季節ではないのだ。特に重い作品には適さない。文章に体重がのっからないのである(ボクサーのパンチみたいだな)。

ともあれ、この夏は、正直細かい仕事がつづいた。
突発的に文庫の刊行が決まったり、Q&A形式の新書をまとめたり、2年前に書いたエッセーをまとめたり。

ただ、これももうすぐ一段落。

11月からは、一転して、超ヘビー級の作品に取り組んでいくつもりです。

11月はまず、先月「小説新潮」での連載が終わった『蛍の森』の刊行。
これは僕が学生時代からずっと取り組んできたテーマであり、去年の夏から全身全霊を込めて書いた小説です。
四国遍路の森にあった、ハンセン病患者たちの隠れ里の話。
この2年間は、この作品を出すために費やしてきたと言っても過言ではないですね。
何より読んで頂きたい作品です。

年明けは、ヘビーな作品の文庫化があります。

『飢餓浄土』→河出文庫、1月
『遺体』→新潮文庫、2月

です。
思えば、『飢餓浄土』は3.11が発売日で、くしくもその日から取り組むことになったのが『遺体』でした。
3.11の翌週からは『飢餓浄土』関連の刊行イベントがたくさんつまっていたのですが、それをすべて捨てて東北へ行った時のことが思い返されます。
この二つはすでに出来上がっている作品なので、おそらく『蛍の森』のゲラを終えてから細かな作業に取り掛かることになるでしょう。
問題は『遺体』の文庫版に、いま電子書籍で発売している続編『「遺体」それからの物語』を入れるかどうかですが、これについては熟考します。また決めていません。

文庫が終わり、春〜夏は取材・執筆に4年を要したドキュメンタリーの刊行です。
今年の春まで「新潮45」に連載していた『浮浪児1945』です。
これは、太平洋戦争のあと、家族を失った孤児(浮浪児)たちが、上野の地下道に住み着いた時のドキュメントです。
彼らは闇市やパンパンやヤクザとともに戦後の時代を生き抜きました。その生き残りの人たちを訪ね、当時を活写した作品で、僕にとっては初めての「歴史ドキュメンタリー」です。
『蛍の森』と同じく、十年以上前からやってみたいと思っていたテーマです。

とりあえず、11月から半年ほどの間、全力で『蛍の森』(新潮社)、『浮浪児1945』(新潮社)に取り組んでいきますので、どうぞお楽しみに。

朝日カルチャーセンターの講座のお知らせです。

10月の講座では、「絶対貧困と相対貧困」というテーマで行います。

途上国では一日1ドル以下で暮らす人々を絶対貧困と呼んで貧困層として区別します。
一方、物価の高い先進国では、相対貧困として貧困層を割り出します。

どちらも、貧困には違いありません。
しかし、みなさんは、その違いがどのようなものかご存知でしょうか。

私たちは簡単に途上国の人々を「貧困に苦しむ人」と考えます。
また、日本の貧困問題については「外国に比べれば日本の貧困なんてマシ」という言い方をします。

でも、本来は、外国の貧困と日本の貧困とはまったく別のものなのです。
貧困のあり方も、そこから引き起こされる問題も、そこで生きる人々の方法もまったく違う。
スポーツといっても、カーリングと空手がまったく違うのとおなじように、貧困といっても国によってまったく違うものなのです。

そこで、大きく途上国の貧困を「絶対貧困」として、日本の貧困を「相対貧困」として、具体的に何がどう違うのか考えてみようというのが、本講座の目的です。

日本の貧困を知るには、まず世界の貧困がどのようなものであり、その中で日本の貧困はどういうものなのかということを、しっかりと認識しなければなりません。

本講座ではそれをすることによって、貧困とは何かということを、みなさんと一緒に広く考えていきたいと思っています。



■テーマ
絶対貧困と相対貧困

■内容
日本における貧困率は約15%にも上ると言われています。
しかし、同じ日本に暮らしながら貧困の実態を感じることはあまりありません。
世界の貧困において、日本の貧困とは、どのように異なるのか。一日一ドル以下の暮らしをする絶対貧困の生活と、約一二〇万円以下の年収での暮らしをする日本の相対貧困の生活を比較することで、それを明確にします。そして、その上で、それぞれの小さな問題点を見つけ出していくことで、貧困問題への取り組み方を考えていきたいと思います。

■日時(全3コマ)
10/19 土 16:00〜19:30
10/26 土 18:00〜19:30

■カリキュラム
19日
第一講座
「居住地、路上、婚姻」途上国のスラムの生活と、日本の低所得者の生活を居住空間を中心に考察します。
第二講座
「教育・労働・犯罪」教育を受けられないとはどういうことか。そこから派生する労働問題から貧困ビジネスまでを説きます。

26日
第三j講座
「食生活、医療、死」貧困の食卓は様々な病を産みます。貧困者における医療の問題点から死の受容まで。


■お申込み詳細
http://www.asahiculture.com/LES/detail.asp?CNO=220504&userflg=0

僕らが世界に出る理由 (ちくまプリマ―新書)
僕らが世界に出る理由 (ちくまプリマ―新書) [新書]



『僕らが世界に出る理由』(ちくまプリマ―新書)が発売になりました。

プリマ―新書は、高校生や大学生など若い人たちのための教養シリーズです。
私は高校や大学などでよく講演を行っていますが、講演が終わるとかならずといっていいほど若い方がやってきて質問を投げかけてきます。

「海外の貧しい人のために何かをしたいのですが、どうすればいいのですか」

「私には夢があるのですが、踏み出すかどうか迷っています」

「これから自分が何をしていけばいいのかわかりません。どうやって目標を探すのでしょうか」

筑摩書房のSさんがそうした若い方から私が質問を受けているのを見て、なんとかそういう人たちの心に届く本を作れないかと発案したのが本書です。

未知なる世界へ踏み出す第一歩を作ることができれば。

私自身、そんな思いで、これまで若い方から頂いた質問をまとめ、それに対してどうしていけばいいのかを書き記しました。
いま、ここからなにかをはじめたい人へ向けた一冊です。


新潮文庫の夏の100冊というのは、有名ですね。
僕も、中学生のとき、100冊に選ばれた本をかたっぱしから読んだ記憶があります。

去年まで、夏の100冊はYonda? というパンダを模したキャラクターがキャンペーンをしていました。
が、今年からは「ワタシの一行」というキャンペーンにニューリアルされます。さまざまな業界の有名人が自分の好きな本を一冊選び、それに解説を加えるというキャンペーンです。
これはネットを通じて読者も加わることができ、賞を受賞すると、特別に読者の似顔絵をつけた帯のまかれた本をいただけるのだとか!

で、この夏の100冊、去年は拙著「神の棄てた裸体」が選ばれましたが、今年のワタシの一行キャンペーンから「絶対貧困」が選ばれました。
「絶対貧困」は、僕の海外ルポで一番広く読まれている作品です。
ぜひお手に取っていただければ幸いです。

ワタシノ一行
https://1gyou.jp/detail/index.php?type=famous&id=69

朝日カルチャーセンターの講座のお知らせです。
9月の講座は、『ノンフィクションの作り方』です。この講座を担当してはや一年ですが、受講生の中には単行本をだしたり、新書をだしたり、あるいは大学三年生で出版社を起こしたり……本当にいろいろな方がいらっしゃいます。

講座自体は、専門知識のまったくないという前提で行っています。
これまで高校生や主婦やドキュメンタリーを専門にしている方など様々な方が受講してきました。
いずれにせよ、講座を通して、ノンフィクションとは何か、それを作るとはどういう作業なのか、石井とはどんな人間なのかなど様々な好奇心を満たしていただければと思います。
その上で、作りたい人は作ればいいと思うし、それを実生活に役立てたいと思えば役立てればいい。
私としては、いろんな方がいろんな風に活用できるような講座にしていきたいと思っていますので、ご参加いただければと思います。


◆タイトル
ノンフィクションの作り方

◆日程・場所
9/14、9/21
15:30-18:30
新宿・住友ビル

◆内容
世界の現実を切り取り、作品化された書籍を「ノンフィクション」と呼びます。
どのように現実を切り取ればいいのか、事実の奥にある真実を見つける方法とは何か。いかにして取材が行われているのか、取材した材料をどのように作品化するべきなのか、作品はいかにして発表されるのか。
ノンフィクションの発想から取材法、そして発表までの方法を事細かに説明します。
本講座では、ノンフィクションを中心に話を展開しますが、新聞やテレビといったマスメディアのジャーナリズム、写真家のフォトジャーナリズム、テレビにおけるドキュメンタリーとも通底するものがあります。学生から社会人までが、広い意味で「メディア報道とは何か」を考え、最後に自分のテーマを持ち帰る内容にします。

◆詳細・申し込み
http://www.asahiculture.com/LES/detail.asp?CNO=208880&userflg=0

このたび、『感染宣告』が講談社より文庫になりました。

本作は、2010年9月に雑誌「g2」の創刊号に100枚ほどのルポとして掲載され、同年11月に大幅に加筆して<講談社創業100周年記念書き下ろし作品>として刊行したものです。

この本の思い出は、とにかくHIV感染者や関係者に話を聞かせてもらうことが大変だったことです。
最初は闘病ブログを作っている方々に連絡してインタビューをお願いし、その後は病院やSNSやNPO経由で少しずつ広げていきました。私の読者から直接連絡をいただいたこともあります。
東北から中国までまわり、地域によって受け止め方がまったく違うことも知りました。

みなさんは、HIVのことをご存知でしょうか。
HIVの方はどのように感染をつげられ、受け止め、悩み、恋人や夫婦の関係を維持し、子供をつくろうとしているかを知っていますか?

私は大勢の関係者に話を聞かせていただきながら、彼らの体験は人間が再生していく物語ではないかと思いました。。
人間が絶望の底から再生して生を歩んでいく極限のドラマのように感じたのです。そして、私はこのテーマを描くためにはそのような視点から描かなければならないと考えました。
それは性と生の業から逃れられない、すべての人間に通底する大きなテーマを含んでいます。

本の医療的な内容については、2名のHIVでは高名な医師に監修していただいています。
ご興味のある方は、ぜひ手に取っていただければ幸いです。


感染宣告 エイズウィルスに人生を変えられた人々の物語 (講談社文庫 い 130-1)
感染宣告 エイズウィルスに人生を変えられた人々の物語 (講談社文庫 い 130-1) [文庫]



【内容紹介】
感染を告げられたとき、妻は? 家族は? 恋人は?
HIVという幻に翻弄される人々の絶望と希望──

エイズが「死の病」ではなくなった現在も、日本人HIV感染者の多くは人生を大きく狂わされ絶望のなかを生きている。恋愛、結婚、出産、家族関係……、決して語られることのない生と性の現実とは!? 世界の奈落を追った気鋭の作家が百名以上の感染者と家族に取材を敢行し世に問う、衝撃と感動のノンフィクション。

「エイズは男女にとって一番大切なところに忍び込み、彼らを極限の状態にまで追いつめます。弱さや醜さや高慢さといった負の内面をむき出しにし、人間性を試してくるのです。(中略)こんな底意地の悪い病気はありません。試された人間がボロボロになっていくのを眺めているのですから」(エイズ患者の妻)──本文より

貧困といっても、具体的にどのようなものなのか具体的なイメージがつかない人が大半だと思います。

途上国のスラムと言っても、家の中がどうなっているのか。
ドヤ街といっても、そこで暮らしている人たちはどのような食生活をしているのか。
生活保護を受給しているといっても、家計簿はどうなっているのか。

こうしたものを具体的に映像として見せる場をつくりたい。
そう考えて貧困博物館なるものを作れたらいいなー、とずっと思っていますが、その布石として、まずWEB上でそうしたものをビジュアル的に見せるサイトを作りたいと思っています。
今年から少しずつスタートして、来年には始動できればいいですね。

とはいえ、その映像を集めるのは、一人ではなかなか難しいもの。

そこで、いろんな方とともにやっていければと思っています。
まずは、以下の方を募集しています。

・映像を持っていて、提供してくださる方。
(※細かな規定についてはのちに相談できればと思います。研究などで使用したものから写真展などで使用したものまで、映像であれば写真でも動画でもOK)

・今は映像を持っていないが、これを期に参加して撮ってみたいという方。
(学生から大人まで。趣味でも、研究でも、なんでもいいです。やる気があるかどうかだけです)

上記に当てはまる方がいれば、来月か再来月にでも一度お会いできればと思っています。
個別に一人ひとりあうのは時間的に難しいですし、かといって全員とまとめてお会いするのも難しと思います。
なので、何名かまとめてうまい形でお会いできて、諸々相談できればと考えています。

われこそは! という方がいらしたら、ぜひ下記までご連絡下さい。

石井光太
hinkon_m@yahoo.co.jp

このブログを読んだ方から以下のようなコメントを頂きました。

映画『遺体』まだ見ていないけど、見に行きます。
2012年1月に手術のため東京から移動し、北海道帯広の病院におりました。震災の影響はあまりない実家の地でした。
同室の頑張り屋さんの70歳くらいの女性の方。娘さん御夫婦とお孫さんを津波でなくされたそうです。
「でも、うちはみんな帰ってきたから」微笑みながら話していました。
ある日、その方に本が届きます。ベッドに寝転んで読みながら号泣されていました。
「大丈夫ですか?」と声をかけると、石井さんの『遺体』の表紙を見せてくれました。
「娘がどこかに載ってるんじゃないかと思って‥」
言葉が出ませんでした。
石井さんのブログを見つけて、何か伝えずにはいられなくてコメントさせて頂きました。


この女性の気持ちを想像すると、涙がにじんできます。
微笑みながらも、ずっと心の深いところで娘夫婦と孫の「あの日」のことを考えていたのでしょう。

ふと思い出したことがあります。
先日、別の読者からメールを頂きました。そこには次のようなことが記されていました。

「私は釜石で生まれましたが、震災当時は海外にいました。
震災で親を失いましたが、直後ということもあって駆け付けることができず、親戚に火葬までを頼みました。しかし、仕方がなかったとはいえ、2年間ずっと遺体のそばにいてあげられなかったことを悔やんできました。
そんなとき、『遺体』を読み、安置所の人たちがどんなふうにご遺体を送ったかを知ることができました。
ただ、一つだけどうしても知りたいことがあります。うちの親はちゃんと声をかけてもらったのでしょうか。
衣服を洗ってもらっていたのでしょうか。
名前は××と言います。どうかうちの親がどのように葬られたかを教えていただけないでしょうか」


僕は、本を読んでくださった方から、こういうメッセージを頂戴すると、書くことの責任を考えずにはいられません。
もちろん、すべてをすべて描くことはできません。しかし、血眼になって死んだ自分の娘夫婦や孫のことが載っていないかと探したり、自分の親がどのように葬られたか書かれていないかを知ろうとしたりしている人がいると考えた時、どんな姿勢で文章を書き続けていくべきかを改めて考えさえられます。

このようなコメントやメールをくださることは、何よりありがたいことです。

この場をかりて、上記だけでなく、これまでコメントやメールをくださった多くの方々に、厚くお礼を申し上げます。

むかしから「貧困博物館」をつくりたいな、と思っていました。
寄生虫博物館や切手博物館や恐竜博物館があるのに、貧困博物館がないのは変じゃないか、と。

世界のスラムや日本の貧困の様子など、ぜんぶ再現したりしてみたら、それはそれで面白いのではないかと思うのです。
一言でいば、貧困世界の暮らしがどういうものであるかということを五感で理解できる空間をつくりたいということです。
建物、トイレ、遊び、お酒、料理、水の浄水、性生活、結婚、出産、埋葬何もかも再現してみたらどうか。

僕は大学一年生の時に初めてアフガニスタンの難民キャンプを目にして、心を突き動かされて、世界各国を舞台にして文章を書いてきました。
文章でできることは徹底的にやりながら、一方で「博物館(期間限定のイベントでも)」という小学生でも、見れて、触れて、心を動かされるものをつくりたいという気持ちがあったのです。
で、ちょっとずつそれに向けて動いて行きたいなと思っています。

まずは僕が資料として持っている膨大な世界の貧困の写真などをインターネット上で展開する「貧困WEB博物館」としてつくり、さらに専門的に研究している学者の方をはじめ、実際に貧困地域で活動している人など様々な人の協力を得てそれを膨らましていきたいと思います。
で、ゆくゆくは、本当の博物館として、「貧困リアル博物館」へと発展させたいなと考えています。

それで一つお願い。

これに協力してくださる人を募集いたします。
むろん、最初は利益なんてまったく出ないでしょう。それは念頭に置いてください。
ただやるなら本気でやるので、「自分ならこれができる」というものを持っていてどんどんそれをやっていただける方がいれば手を上げていただきたいのです。

とはいえ、現時点では、まだ立ち上げたばかりですので、 「講演のお手伝いぐらいならできます」「イラストなら描けます」というような方に対しては募集をかける余裕がありません。
具体的に「自分はWEB関連の事業をやっていて、その中でパートナーとしてこういうことができる」というご提案、もしくは「大学で働いているのでゼミと共同でこういうことをしたら面白いのではないか」というご提案など、何かしらに根づいていて具体性のあるご提案をいただければと思っております。
特にすでに動いている事業やプロジェクトの中で融合できれば面白いと思っています。
もちろん「自分はこんなに貧困地域の資料を持っているので提供したい」という方は是非です。
こちらはこちらでアイディアがあるので、それをうまく取り入 れて、お互いの希望がかなう形でできればと思っています。

※WEBを作っていただける方は急募です。

どれだけ手を上げて下さる方がいらっしゃるかわかりませんが、僕も時間に限りがありますので、全員に対応することはできません。
数週間いただいたご提案を見た上で、集まりを開くか、もしくは僕と別の協力者でここに対応するかいたします。

もちろん、いったんやりはじめれば責任を持って数年間はやっていただくことになります。
「我こそは」と思う方は、以下にご連絡いただければ幸いです。

石井光太
kota_ishii@yahoo.co.jp

★メールには以下を書き添えてください。
・本名
・性別
・年齢
・略歴
・連絡先
・貴方がやりたいこと

朝日カルチャーセンターの5月のお知らせです。

これまでは、ずっと「ノンフィクションの作り方」という講座を担当していました。
今回は一度休憩して、昨年末に1回限定で行った「戦争って何? − 世界リアル戦争講義」という講座を3回にわけて徹底的にやってみたいと思います。
(「ノンフィクションの作り方」は、また夏期に行います)

以下が要綱になりますので、ご覧ください。


●概要
ニュースによって戦争が起きていることは知っていると思います。
しかし、戦場というのがどういう現場であり、兵士たちの日常がどのようなものかをご存知の方はどれだけいるでしょう。
子供兵の中に大勢の女の子が交じっていることをご存知ですか?
アフリカの内線のゲリラ組織が新興宗教団体だということをご存知ですか?
電子レンジやネクタイといった日用品が戦争から生まれたことをご存知ですか?
本講座では、3回にわけて、これまで語られてこなかった「戦争とは何か」ということを考えていきたいと思います。

●詳細
一般http://www.asahiculture.com/LES/detail.asp?CNO=198655&userflg=0
学生http://www.asahiculture.com/LES/detail.asp?CNO=199419&userflg=0

映画『遺体 ― 明日への十日間』の監督・脚本の君塚良一さんと公開対談をします。
この映画は、僕が『遺体』を発表した一カ月後に、映画化の話をいただきました。それから一緒に釜石へ行き、その後も君塚さんは何度も足を運んで現地の人々と信頼を築いて映画にしました。

なぜ『遺体』を原作にして映画を撮ろうとしたのか。
発案から映画完成までの過程はどのようなものだったのか。
スタッフ、役者にとって、『遺体』をつくるとは、どういうことだったのか。
モデルになった人々、被災地の人々、そして海外の人々の反応はどういうものなのか。

当事者にしかわからない思いや体験を、公開対談という形でお伝えします。
なお、第二部では、君塚さんのこれまでの作品(『踊る大捜査線』『ずっとあなたが好きだった』『誰も守ってくれない』など)を振り返り、ドラマと脚本とはなんなのかということについてもお話ししていただく予定です。

詳細・お申込みについては以下をご覧ください。

http://youlabo.net/

本日より、『津波の墓標』(徳間書店)が書店に並びます。

一年半近く前に出した『遺体』は、釜石市の遺体安置所を舞台に、そこで働いていた方たちがどのように犠牲者の尊厳を守り、ご遺族を支えたかということに焦点をあてたルポでした。
この本を三人称で描いたのは、そこにいた方々の思いを明確に、読んでくださった方々に伝えるためでした。

ただ、釜石市での取材は、私にとって震災体験のごく一部でした。
震災直後から最後までずっと釜石市にいたわけではなく、釜石市の取材をする一方で様々な被災地を回っていました。
合計すれば、そちらの時間が半分を占めます。

当初、私はそれらの体験を書籍にまとめようとは思っていませんでした。
一つ一つの体験があまりに重く、『遺体』を完成させて一段落させたいという思いがあったり、被災者の中で震災の傷がまだなまなましく残っている時点で書くべきことではない現実もたくさんあったからです。
しかし、『遺体』を完成させてからも、私の胸の中で本に描かなかった体験がフラッシュバックのように思い出されました。
名取市、東松島市、女川町、石巻市、南三陸町、陸前高田、気仙沼……そこで出会った人々の姿や、交わした言葉が記憶の奥でずっと響いていたのです。

きっとあの体験に区切りをつけるには、何かしらの形で外に出すしかないのではないか。

私はそう考え直すようになりました。
体の中に蓄積された記憶を外に出さなければ、自分自身がその重さに耐え切れなかったのです。
それで、私は徳間書店が出している『読楽』という文芸誌に毎月三十枚ほどそれらの体験を書き綴ることにしました。
それは、私にとって震災での体験を一つ一つ確認し、整理し、外へと出していく作業でもありました。
こうしてまとまったのが、今回の『津波の墓標』という本なのです。

この本には、私がずっと書くべきかどうか迷っていたことも書いてあります。
あるいは、匿名にしなければ書けなかったことも書いてあります。
二度と思い出したくないことも書いてあります。

ただ、この本を刊行する際、取材させてもらったご遺族の方がこう言ってくれました。

「私は石井さんに自分の体験をしゃべらなければ、自分自身が耐えられなかった。だから取り乱しながらも語らせてもらったんだ。きっとそれを受け取った石井さんも文章にしなければ耐えられなかったと思う。そういう意味では、活字にはなるべくしてなったのではないか」

これは私がどうしても一人で抱えていくことのできなかった記憶の集積であることだけここに書かせていただければと思います。


津波の墓標
津波の墓標

明けましておめでとうございます。

去年は『遺体』ではじまり、いろんなことに挑戦した一年でした。
『遺体』と表裏一体となる「津波の墓標」を連載開始。つづいて、上野の地下道で戦後暮らしていた浮浪児たちの連載「浮浪児1945」を開始。
それから事件モノの取材をはじめ、夏から秋にかけては今年の目玉「××」(まだ内緒)の執筆。同時進行で3冊連続で本をだし、そのうちの一冊が『ノンフィクション新世紀』(河出書房新社)。これは、僕にとって最初の編著でした。
そして、それが終わったと思うと、尼崎の角田美代子事件の取材開始。

では、今年はどんな年になるのでしょう。
まったく想像もつきませんが(毎年そうですが)、とりあえず、1月の予定は以下(去年からの連載分は除く)。

・「週刊ポスト」にて尼崎事件のルポを発表。
・「新潮45」にて「『遺体』その後の物語 前編」を発表。
・「エレガンス・イブ」にて、震災関連の漫画原作を発表。
・徳間書店より『津波の墓標』の単行本を刊行。

です。
もちろん、その他連載している「浮浪児1945」や「ちいさな神さま」など複数の作品は継続します。

毎年言っていますが、僕が目指すことは変わりません。すなわち、

「人の人生を変えるほどの感動をつくりだしたい」

ということです。これ一点。
そのためなら、何を投げ打ってでも全力でやっていきますので、今後ともよろしくお願いいたします!



追記
1月は上記の作品発表に加えて、朝日カルチャーセンターでの「ノンフィクション連続講座」を開催します。
こちらは、尼崎事件の取材なども含め、前年よりパワーアップした形での講義形式の企画です。いろんな方のご参加をお待ちしています。
http://www.asahiculture.com/LES/detail.asp?CNO=190046&userflg=0
なお、2月にはノンフィクション連続講座から発展した「日本のクリエイターズ・ドキュメント」を開催します。こちらもご興味があればぜひ。
http://youlabo.net/

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