石井光太 − 旅の物語、物語の旅 −

カテゴリ: アフリカ!

中国製の商品がアフリカになだれ込んでいる。
日本人や欧米人は「中国製は安いけど、品質がぜんぜんダメ」とひがむように言う。
15年ぐらい前までは市場のほとんどを日本や欧米の製品が占めていたのだから、そう文句を言いたくなる気持ちもわかるだろう。
しかし、本当にそうなのだろうか?

たしかに、中国製は品質が悪い。
プラスチック製のバケツなどもあっという間に壊れてしまう。これは現地の人にとっても、不評である。

しかし、忘れてはならないことがある。

つい10年ぐらい前まで、アフリカでは女子供が重たい壺に水を入れ、それを頭にのせて運んでいた。
これによって、脊髄を損傷したり、熱射病で熱中症で命を落としたりする人が大勢いた。
壺であることが、様々な弊害を生んでいたのである。

ところが、中国製の安価なプラスチックの容器が入ってきた途端、それが一変した。
酷暑の荒野で毎日何時間も水運びをしていた女子供にとって、5キロの壺が1キロ以下のプラスチックの容器になることが、どれだけいいことか。
しかも取っ手があるので手で持てたりする。
現地の人間が、多少品質が悪くても、それを選ぶのは当然だろう。
そういう意味では、粗悪な中国製品も、現地の生活や健康に大きく貢献している面があるのである。

粗悪品だけども、安くて、軽くて、便利なものが、どれだけ現地の人たちのためになるか。
(同じものを日本がつくっても、「安くならない」「便利すぎて使えない」などの問題が出てくるかもしれない)

私たちは「中国製品が売れている」と聞くと、すぐに「でも、品質が悪いからな」という。
しかし、「売れている」のには、かならずわけがある。
僕は中国のことを好きでも嫌いでもないけど、そういう角度から中国製品をいま一度見直してみてもいいんじゃないかな、とも思う。
なぜ、10億人ともいわれる絶対貧困の人々が、中国製を求めるのか。
それは、単純に「安い」ということだけじゃ片づけられない一面もあると思う。

ワールドカップになったら、とたんに南アフリカの黒人居住区が注目された。
今日の某新聞にも出ていたが、そこの出身であることが貧困の象徴とされているのだ。

だが、これはあまりにも短絡的すぎる。
たぶん、ちらっと南アフリカへ行った記者が、深く意味もわからずに書いているか、ビジュアル的にわかりやすいからそこだけを描いているのだろう。

南アフリカへ行くと、「観光名所」として黒人居住区がある。
バスでいける黒人居住区というようなキャッチコピーで、外国人がそこで暮らす貧しい人たちを見物するのだ。

ただ、この名前が示しているように、黒人居住区といは、広義でいえば黒人が住んでいる地域である。
南アフリカはアパルトヘイトでお金持ちの白人が町から黒人を追い出した。それで黒人は町の周りに居住区をつくって暮らさなければならなかった。それが今につづいているだけなのである。
もちろん、貧しい人たちも多く住んでいるが、そうじゃない人たちだって大勢暮らしている。
もし本当の意味で貧困というのであれば、黒人居住区の一部にある難民が集まる場所だったり、バラックが集まる場所だろう。
黒人居住区=最貧困というのは、あまりにも短絡的過ぎる。

南アフリカへ行けばすぐにわかるのだが、そもそもこの国の白人たちは日本人と同じぐらいお金をもっている。
いや、家なんかは日本のそれよりはるかに大きい。つまり、黒人居住区以外の場所に暮らす人たちは、「すごい金持ち」なのである。
そして、南アフリカにおける「標準」あるいは「標準以下」の暮らしをしている人は、ほとんど黒人居住区に住んでいる。

これは人数を見ればわかるだろう。

最大の都市ジョハネスバーグ(ヨハネスブルク)の総人口は320万人ほど。
このうち黒人が占めるのは7割ぐらいと言われているから、220万人ほどだろう。
では、この町における黒人居住区に暮らす人々の人数はどれぐらいなのか。
なんと推定200万人にも上るのである。
つまり、220万人のうち、200万人が黒人居住区で暮らしている計算になる。

何もわからない人はこの数をもって「これが南アフリカの貧困格差だ」という。
だが、必ずしもそうじゃない。
単に、南アフリカに暮らす「超お金持ち以外の黒人」はほとんどここに暮らしているのだ。
普通に職について、まずまずのお給料をもらっている人も黒人居住区に暮らしている。
昔から土地をもっていたり、そこで生まれ育ったりしていれば当然だろう。

通常、アフリカの町はタウン(町)→ダウンタウン(下町)→スラムというランク付けがある。
だが、南アフリカの場合はどちらかというと、タウンと高級住宅地が同じ場所にあり、それ以外がダウンタウンもスラムもすべてひっくるめて「黒人居住区」というイメージなのである。
これを考えた時、黒人居住区は、かならずしも「貧困の象徴」と言えるわけではないことがわかるだろう。
黒人居住区は「黒人の居住区」であって、「スラム」ではないのだ。むしろ、黒人居住区の中に、普通の町があり、そしてスラムもあるということなのだ。

なぜか、その点がごっちゃまぜになっているように思えてならないが、いかがなものだろうか?

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