今回は、アフリカ映画の続編として、「ラストキング・オブ・スコットランド」を取り上げよう。

物語は、主人公の青年医師の気まぐれから始まる。
大学を卒業したばかりの青年医師が思いつきからウガンダへ行く。いい加減な気持ちでNGO活動をしようとするのだ。
そのなかで、青年は偶然、国の大統領アミンと知り合い、そして主治医にならないかと誘われる。青年医師は国のことなど何も知らずにOKして、国の中枢部に入り込んでしまう。
青年医師は大統領の庇護のもとで、贅沢な暮しを楽しむ。だが、一緒に過ごすにつれて、この国の「異変」を知るようになる。周囲の側近が消え、反対派の団体や民族が消えていく。
やがて、青年医師は、それがすべて大統領の仕業だと知る。大統領アミンが狂気のなかで国民を虐殺しているのだと知るのである。
青年医師は何も考えずに大統領の側近となってしまったことの浅はかさに気がついて帰国しようとする。だが、彼は逃げるには遅すぎた。あまりにも国の中枢部に入り込みすぎていたのである。
そこで彼がとった行動とは……

こんなあらすじだ。

ウガンダの大統領アミンは、もちろん実在の人物だ。
70年代に、数十万人という国民を虐殺した独裁者である。

芸術作品において、独裁者というのはある意味ステレオタイプで描かれる。
そのステレオタイプのほとんどが「マクベス」である。特に映画に描かれる独裁者は、「マクベス型」が多い。
独裁者ゆえの孤独によって、気がおかしくなっていき、手当たり次第に暴挙を犯し、破滅していくというパターンである。

そういう意味では、この映画におけるアミンにはあまり興味はわかなかったが、作品の視点は面白いと思った。
アミンの「自爆」や「凶器」だけを描くのではなく、その真横にいる「安易な青年医師」を主人公にして、彼の恐怖を描くという視点だ。
アミンだけ描けば、この映画は「マクベス」をなぞった狂人の物語となってしまう。
しかし、青年医師を主人公にしたがゆえに、「青年の愚かさ」「先進国と途上国の関係」「独裁政権の現実」「人間の狂気」といった複数のテーマを並列に置くことができているのである。

視点を置きかえることで、テーマを何倍にも膨らませられる。そのことを教えてくれた作品だ。
ただ、ひとつのテーマだけでズドーンとやるのと、複数のテーマを並列に並べるのと、どっちをとるかは作り手の好みにもよるのだが。

ちなみに、これは『スコットランドの黒い王様』というタイトルの小説もある。
新潮クレスト・ブックスからでている。

そういえば、昔この新潮クレスト・ブックスに昔ずっぽりはまったことがあった。
たしか「愛の続き」「穴掘り公爵」「グアヴァ園は大騒ぎ」あたりを立てつづけに読んで知ったんだと思う。
それでこのシリーズの小説は、どれも面白いということがわかり、図書館でこのシリーズを見つけては手当たり次第に読んでいた。
外国文学っていうのは、なかなか選び方が難しいので、こういうシリーズがあると、とてもありがたい。


ラストキング・オブ・スコットランド


スコットランドの黒い王様