先日、二つの出版社から同時に明細が届いた。
一つは、まじめなエッセー集。もう一つは、漫画(僕は原作を担当)。
両方とも、雑誌に発表したものが、本に再録されたものだ。前者は大御所ばかりが書いている単行本。後者は完全な娯楽漫画だ。

ただ、明細を見て、驚いた。

なんと、前者と後者では、ゼロが一つ違うのである。
もちろん、まじめなエッセー集の方が低く、漫画の方が高い。
決して漫画の印税が高いわけではない。エッセーの方が驚くぐらい低すぎるのだ。
(ちなみに、書くのに、エッセーの方が漫画原作より10倍は時間がかかっている)

こういう現状を見ると、人は本を読まないんだなー、とつくづく思う。

僕は、絶対に本を読まなきゃならないとは思っていない。
僕自身日本だと一日一冊〜三冊ぐらい読むけど、海外にいる時は一週間で一冊ぐらいしか読まない。活字中毒というわけでもない。

けど、本を読む人と、読まない人とでは、話をしていて圧倒的に知識が違う。
これはごまかしようがない。どんなにバカを装っていても、本をたくさん読んでいる人はすぐにわかる。物事に対する洞察力あり、多面的に物事を見れているのだ。
逆に、どんなに利口そうな人間でも、どんなエリートでも、本を読まない人は一分話をすればすぐにバレてしまう。言葉は立派でも、まったくもってすべてが表面的なのだ。言葉に深みがないのだ。

では、難しい本を読めばOKで、エンターテイメントや漫画を読んだらNGなのか。

そうとは思わない。
そもそも、両者はまったく違うものだ。
書いている僕からすれば、前者は物事の深みを面白さとして描こうとしている。後者は、単なる情報を面白く思ってもらえるように並べ替えているだけだ。
つまり、どちらが良いか悪いかではなく、情報の質が比較にならないぐらい異なるのだ。

ただ、もちろん、エンターテイメントや漫画でも、深さで勝負しているものはたくさんある。

最近読んだものだと、『パライゾの寺』というのがそれだった。
面白い本があるから、といわれて文芸雑誌の編集をやっている方が送ってくれたのだ。
四国に住む年寄りたちが、歴史にうもれた人生模様を生々しく語っていくという形の短編小説集だ。
特に、表題作の「パライゾの寺」というキリスト教の弾圧をモチーフにした作品は奥が深くて面白かったなー。
僕が四国の遍路を舞台に何かをやりたい、とか、宮本常一の本が好きだといっていたから、これを送ってくれたんだと思う。
けど、誰でも普通に読める本なので、興味があれば、ぜひどうぞ。

パライゾの寺